第二段①
〔[正法眼蔵]原文〕
古昔コシャクよりいひきたり、西天サイテンよりいひきたり、
天上よりいひきたれる道ドウあり。
いはゆる「若因地倒ニャクインチトウ、還因地起ゲンインチシキ、離地求起リチグキ、終無其理シュウムゴリ
《若し地に因りて倒るゝは、還た地に因りて起く、地を離れて起きんと求むるは、終ツイに其の理無けん》」。
いはゆる道ドウは、「地によりてたふるゝものはかならず地によりておく、
地によらずしておきんことをもとむるは、さらにうべからず」となり。
しかあるを挙拈コネンして大悟をうるはしとし、身心をもぬくる道とせり。
このゆゑに、もし、「いかなるか諸仏成道の道理なる」と問著するにも、「地にたふるゝものの地によりておくるがごとし」といふ。
これを参究して向来コウライをも透脱トウダツすべし、末上マツジョウをも透脱すべし、
正当恁麼時ショウトウインモジをも透脱すべし。
〔[正法眼蔵]私訳〕
昔から言われ、インドでも言われ、天上界でも言われてきた言葉がある。
それは、「もし地によって倒れれば、また地によって起きる。
地を離れて起きようとしても、終にその道理は無い」ということである。
その言うところは、「地によって倒れた者は必ず地によって起き、
地を離れて起きようとしても、決してできない」ということである。
この道理を取り上げて、大悟を得る端緒とし、
身心を脱落するありようとして示すのである。
それゆえ、もし「どのようなことが諸仏が成道する道理か」と問うときも、
「地によって倒れた者が地によって起きるようなものである」と言うのである。
これを親しく究め尽くして、過去をも脱落すべし、未来をも脱落すべし、
今正にこのようにある現在をも脱落すべし。
合掌
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