長慶の慧稜 エリョウ 和尚は、雪峰下の尊宿なり。 雪峰と玄沙とに往来して、参学すること僅 キン 二十九年なり。 その年月に蒲団 フトン 二十枚を坐破す。 いまの人の坐禅を愛するあるは、長慶をあげて慕古 モコ の勝躅 ショウチョク とす。 したふはおほし、およぶすくなし。 しかあるに、三十年の功夫むなしからず、 あるとき涼簾 リョウレン を巻起 ケンキ せしちなみに、忽然 コツネン として大悟 ダイゴ す。 三十来年かつて郷土にかへらず、親族にむかはず、 上下肩 ジョウゲケン と談笑せず、専一に功夫す。 師の行持は三十年なり。疑滞を疑滞とせること三十年、 さしおかざる利機といふべし、大根といふべし。 励志 レイシ の堅固なる、伝聞するは或従経巻 ワクジュウキョウカン なり。 ねがふべきをねがひ、はづべきをはぢとせん、長慶に相逢 ソウボウ すべきなり。 実を論ずれば、ただ道心なく、操行 ソウギョウ つたなきによりて、 いたづらに名利 ミョウリ には繋縛 ケバク せらるるなり。 〔『正法眼蔵』私訳〕 長慶の慧稜和尚は、雪峰門下の優れた有徳の僧である。 (長慶の慧稜和尚は、雪峰下の尊宿なり。 雪峰と玄沙の両師に法を尋ね、参禅学道することはほぼ二十九年であった。 (雪峰と玄沙とに往来して、参学すること僅二十九年なり。)( その長年月の坐禅で坐蒲 ザフ 二十枚を破った。 (その年月に蒲団二十枚を坐破す。) 今日、坐禅を愛する人があれば、 長慶の行持を挙げて慕うべき優れた先例とするのである。 (いまの人の坐禅を愛するあるは、長慶をあげて慕古の勝躅とす。) 慕う者は多いが、及ぶ者は少ない。 (したふはおほし、およぶすくなし。) このようであったから、三十年の坐禅弁道は無駄ではなく、 ある時僧堂の出入り口のすだれを巻き上げた時に、 忽然と 大悟したのである。 (しかあるに、三十年の功夫むなしからず、あるとき涼簾を巻起せしちなみに、忽然として大悟す。) 三十年間一度も故郷に帰らず、親族のところに赴かず、 僧堂の両隣の僧と談笑せず、ひたすら坐禅弁道に励んだ。 (三十来年かつて郷土にかへらず、親族にむかはず、上下肩と談笑せず、専一に功夫す。) 師の行持は三十年である。 (師の行持は三十年なり。) 疑問を疑問とすること三十年、その間行持を捨ておかなかった優れた...