第四段⑦ 〔『正法眼蔵』原文〕 恁麼人なるがゆゑに、六祖も発明 ホツミョウ せり。 つひにすなはち黄梅山 オウバイサン に参じて大満禅師を拝するに、 行堂 アンドウ に投下 トウカ せしむ。 昼夜に米を碓 ツク こと、わづかに八箇月をふるほどに、あるとき夜ふかく更 コウ たけて、大満みづからひそかに碓房 タイボウ にいりて六祖にとふ、 「米白也未 ベイハクヤミ 《米 ヨネ 白しや未だしや》」と。 六祖いはく、「白也未有篩在 ハクヤミウシザイ 《白けれども未だ篩 ヒ ること有らず》」と。 大満つゑして臼をうつこと三下 サンゲ するに、六祖、箕 ミ にいれる米をみたび簸 ヒ る。 このときを、師資の道 ドウ あひかなふといふ。 みづからもしらず、他も不会 フエ なりといへども、 伝法伝衣 デンエ 、 まさしく恁麼の正当時節なり。 〔『正法眼蔵』私訳〕 恁麼 (無上菩提) の人であるから、六祖も真理を明らかに悟り得たのである。 そこですぐに黄梅山に赴き五祖大満禅師を礼拝したところ、 禅師は六祖を行者 アンジャ 寮につかせた。 六祖が昼夜を問わず米をつくことおよそ八ヶ月、ある夜更け、大満禅師自ら密かに米つき部屋に入り六祖に問うた、「米は白くなったか、まだか」。 六祖は答えた、「白くなりましたが、まだふるっておりません」。 大満禅師が杖で臼を三度打つと、六祖は箕 ミ に入れた米を三度ふるった。 この時をもって、師と弟子の仏道が互いに合致したと言われている。 師自身も気づかず、弟子も理解していなかったが、法を伝え袈裟を伝える、 間違いなく恁麼 (無上菩提) の当にその時であったのである。 合掌 米は白くなったか、まだか『第十七恁麼』17-4-7b(聞書抄) ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。 ↓ ↓ にほんブログ村
〔抄原文〕 「恁麼人なるがゆゑに、六祖も発明せり。つひにすなはち黄梅山に参じて 《傍注:六祖は十一歳にて》 大満禅師を拝するに、行堂に投下 トウカ せしむ。 《傍注:父におくる六祖の父は流人なりけり》 昼夜に米を碓 ツク こと、わづかに八箇月をふるほどに、あるとき夜ふかく更たけて、大満みづからひそかに碓房 タイボウ にいりて六祖にとふ、「米白也未 ベイハクヤミ 」と。六祖いはく、「白也未有篩在 ハクヤミウシザイ 」と。大満つゑして臼をうつこと三下するに、六祖箕 ミ にいれる米をみたび簸 ヒ る。このときを師資の道 ドウ あひかなふといふ。みづからもしらず、他も不会なりといへども、伝法伝衣 、 まさしく恁麼の正当時節なり。」 是は、五祖与六祖問答を被明なり。 法性ぞ、真如ぞなむと云へば、仏法と覚ゆ、今問答なむとは無風情、世間・世情の無何そゞろ事を口に任て云たる様に聞ゆ。 されば、祖師の仏法は、無何いたづら事、児がワウ、めのとがワウ、雀のシウシウ、カラスのカウカウなむと云程の事ぞなむと究竟、長老共云とかや。 此説ぞ、堅固の徒事なる。 おのれが理にくらからむからに、仏法をやぶるべきにあらず。 罪業の至り可恐々々。 此問答能々可了見事なり。 抑祖師の仏法にいたづらなる詞、又無何そゞろ事相交なむや。 先此一事を能々心得居事なり。 仏祖のもちいる米白也未の詞、いかにと可心得ぞ。 定子細あるらむと心を付て可参学なり。 法性、真如、三昧、陀羅尼と云はむに聊も不可有勝劣。 法性の草子にも著衣、喫飯、言談祇対、六根運用、尽是法性とありき。 今の米白也未の米も真如・仏性をさしてや被仰つらむおぼつかなし。 六祖の白也未有篩在の詞も、会仏法の上に不会仏法の理あり、 即心是仏の道理が非心非仏と云はるゝ理をもや具足すらむ。 いかさまにも、祖師の仏法を無何詞ぞとていたづらに閣 サシオク 事、 返々倉卒の至 イタリ なり。 不見正師之所致なり。可恥々々、可恐々々。 三たびひる姿、諸法をあらわす義にてもやあるらむ。 五祖与六祖あはひ凡慮難測事なり。 実此義、自も不知、他も不会なれども、伝法伝衣の時節すでにこゝにきわまりぬ。可貴々々。 〔抄私訳〕 「恁麼人なるがゆゑに、六祖も発明せり。 つひにすなはち黄梅山に参じて 《傍注:六祖は十一歳にて》 大満禅師を拝するに、 行堂に投下 トウカ せしむ...