〔『正法眼蔵』原文〕 あるとき、仏言 ブツゴン すらく、 「なんぢすでに年老なり、僧食 ソウジキ を食すべし」。 摩訶迦葉尊者いはく、 「われもし如来の出世にあはずば、辟支仏 ビャクシブツ となるべし。 生前に山林に居 コ すべし。 さいはひに如来の出世にあふ、法のうるほひあり。 しかりといふとも、つひに僧食を食すべからず」。 如来称讃しまします。 あるいは迦葉、頭陀行持のゆゑに形体 ギョウタイ 憔悴 ショウスイ せり。 衆 シュ みて軽忽 キョウコツ するがごとし。 ときに如来、ねんごろに迦葉をめして、半座をゆずりまします。 迦葉尊者、如来の座に坐す。 しるべし、摩訶迦葉は仏会 ブツエ の上座なり。 生前の行持、ことごとくあぐべからず。 〔『正法眼蔵』私訳〕 ある時、釈迦牟尼仏は迦葉尊者に言われた、 「あなたはもう年老いているから、〔自分で托鉢に出ず、〕 僧が托鉢でもらってきた食物を食べなさい」。 (あるとき、仏言すらく、「なんぢすでに年老なり、僧食を食すべし。」) 迦葉尊者は答えた、 「わたしがもし如来の出世に出会わなかったなら、 独りで悟りを求める者となって、一生山林に住んだことでしょう。 幸いにも如来の出世に出会え、法の潤いを得ることができました。 そうだといっても、 僧が托鉢でもらってきた食物をいただくわけにはまいりません」。 (摩訶迦葉尊者いはく、「われもし如来の出世にあはずば、辟支仏となるべし。 生前に山林に居すべし。さいはひに如来の出世にあふ、法のうるほひあり。 しかりといふとも、つひに僧食を食すべからず」。) 釈迦牟尼仏は、迦葉尊者を称賛された。 (如来称讃しまします。) また、迦葉尊者は、厳しい頭陀の行持のために身体がやせ衰えていた。 (あるいは迦葉、頭陀行持のゆゑに形体憔悴せり。) 他の僧たちはそれを見て軽んじ侮るようであった。 (衆みて軽忽するがごとし。) その時に釈迦牟尼仏は、 懇ろに迦葉尊者を招いて、自分の座を半分譲られた。 (ときに如来、ねんごろに迦葉をめして、半座をゆず...
〔『正法眼蔵』原文〕 七者有三領衣、無有余衣。 亦不臥被中 《七つには、三領衣 サンリョウエ を有 タモ ちて余衣 ヨエ 有ること無し。亦被中 ヒチュウ に臥せず》 。 八者在塚間、不在仏寺中、亦不在人間。 目視死人骸骨、坐禅求道 《八つには、塚間 チョウカン に在 ス んで仏寺の中に在まず、亦人間 ジンカン に在まず。 目に死人の骸骨を視て、坐禅求道 グドウ す》 。 九者但欲独処、不欲見人、亦不欲与人共臥 《九つには、但独処を欲 オモ いて人を見んと欲はず。亦人と共に臥せんと欲はず》 。 十者先食果蓏、却食飯。食已不得復食果蓏 《十には、先に果蓏 カラ を食 ジキ し、却 オワ りて飯 ハン を食す。食し已 オワ りて、 復 マタ 果蓏を食することを得ず》 。 十一者但欲露臥、不在樹下屋宿 《十一には、但露臥を欲って樹下屋宿 オクシュク に在 ス まず》 。 十二者不食肉、亦不食醍醐。麻油不塗身 《十二には、肉を食せず、亦醍醐 ダイゴ を食せず。麻油 マユ を身に塗らず》 。 これを十二頭陀 ヅダ といふ。摩訶迦葉尊者、よく一生に不退不転なり。 如来の正法眼蔵を正伝すといへども、この頭陀を退することなし。 〔『正法眼蔵』私訳〕 七つには、三種の衣 (袈裟) だけを持ち、ほかの衣は持たない。 また夜具の中で寝ない。 (七つには、三領衣を有ちて余衣有ること無し。亦被中に臥せず。) 八つには、墓場に住んで寺の中に住まず、また人里にも住まない。 目に死人の骸骨を見て無常を観じ、坐禅をして修行する。 (八つには、塚間に在んで仏寺の中に在まず、亦人間に在まず。目に死人の骸骨を 視て、坐 禅求道す。) 九つには、ただ独りでいることを願い、人に会おうと願わない。 ま...