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思う存分親近できる良縁に恵まれることは稀である『第十六行持上』完16-22-3

〔『正法眼蔵』原文〕  大善知識 ダイゼンチシキ 、かならず人をしる徳あれども、 耕道功夫 コウドウクフウ のとき、 あくまで親近 シンゴン する良縁まれなるものなり。 雪峰のむかし、洞山 トウザン にのぼれりけんにも、 投子 トウス にのぼれりけんにも、さだめてこの事煩 ジハン をしのびけん。 この行持の法操 ホウソウ あはれむべし、参学せざらんはかなしむべし。  正法眼蔵行持第十六 上    仁治癸卯 ミズノト ウ 正月十八日書写了   同三月八日校点了 懐弉 エジョウ 〔『正法眼蔵』私訳〕   優れた指導者は、必ず人を知る徳があるが、 坐禅弁道の時、思う存分親近できる良縁に恵まれることは稀である。 (大善知識、かならず人をしる徳あれども、 耕道功夫のとき、あくまで親近する良縁まれなるものなり。) 雪峰がその昔、洞山に上ったときも、投子山に上ったときも、 きっとこのような煩わしさをじっと耐えたのであろう。 (雪峰のむかし、洞山にのぼれりけんにも、投子にのぼれりけんにも、 さだめてこの事煩をしのびけん。) この行持を固く守って変えなかった志は称賛に値するものである。 このように学ばないことは悲しいことである。 (この行持の法操あはれむべし。参学せざらんはかなしむべし。)  正法眼蔵涅槃妙心第十六行持上の巻。    仁治4年癸卯(1243年)1月18日に書写し終わる。   同年3月8日に校正点検し終わる。懐弉               合掌 ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。                                     ↓               ↓       にほんブログ村
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学ぼうとしても、師が得られない悲しみがある『第十六行持』16-22-2

〔『正法眼蔵』原文〕    いま有道 ウドウ の宗匠 シュウショウ の会 エ をのぞむに、 真実請参 シンジツ シンサン せんとするとき、そのたよりもとも難辨 ナンベン なり。 ただ二十三十箇の皮袋 ヒタイ にあらず、百千人の面々なり。 おのおの実帰 ジッキ をもとむ、授手の日くれなんとす、打舂 ショウ の夜あけなんとす。 あるひは師の普説するときは、わが耳目なくしていたづらに見聞をへだつ。 耳目そなはるときは、師また道取をはりぬ。 耆宿尊年 ギシュクソンネン の老古錐 ロウコスイ 、すでに拊掌笑呵呵 フショウショウカカ のとき、 新戒晩進 シンカイバンシン のおのれとしては、むしろのすゑを接するたより、 なほまれなるがごとし。 堂奥 ドウオウ にいるといらざると、師決 シケツ をきくときかざるとあり。 光陰は矢よりもすみやかなり、身命は露よりももろし。 師はあれども、われ参不得なるうらみあり、 参ぜんとするに、師不得なるかなしみあり。 かくのごとくの事、まのあたり見聞せしなり。 〔『正法眼蔵』私訳〕 現在仏道修行を実践している師家の禅林を眺めると、学人が真に参学を請いもとめようとするとき、その機会を得ることは非常に難しい。学人はただの二十人三十人ではなく、百人千人もの一人一人であるからである。 (いま有道の宗匠の会をのぞむに、真実請参せんとするとき、そのたよりもとも難辨なり。ただ二十三十箇の皮袋にあらず、百千人の面々なり。) その一人一人が真実の帰着するところを求め、師が 手を取るように学人を指導しようとす れば日が暮れてしまい、 師と学人が切磋琢磨しようとすれば 夜は明けてしまう。 或いは師が説法する時は、それを理解できる自分の耳目がなく、見聞を無駄にしてしまう。 耳目が具わって理解できる時は、師は既に説き終わってしまっている。 (おのおの実帰をもとむ、授手の日くれなんとす、打舂の夜あけなんとす、 あるいは師の普説するときは、わが耳目なくして、いたづらに見聞をへだつ。 耳目そなはるときは、師またときをはりぬ。) 先輩で力量のある老僧が、悟りを得て手を打って 声を出して笑っているとき、仏弟子になったばかりの後輩の自分としては、その末席に 連なる機会 さえ稀であるというような具合である。 (耆宿尊年の老古錐、すでに拊掌笑呵呵のとき、 新戒晩進の...

雪峰:怠ることなく坐禅を死ぬほどつとめた『第十六行持』16-22-1a

〔『正法眼蔵』原文〕    雪峰 セッポウ 真覚大師 シンガク ダイシ 義存和尚 ギソン オショウ 、 かつて発心 ホッシン よりこのかた、掛錫 カシャク の叢林 ソウリン および行程 コウテイ の接待、 みちはるかなりといへども、ところをきらはず、日夜の坐禅おこたることなし。 雪峰草創の露堂々 ロドウドウ にいたるまで、おこたらずして坐禅と同死 ドウシ す。 咨参 シサン のそのかみは、九上 キュウジョウ 洞山 トウザン 、三到 サントウ 投子 トウス する、 希世 キセイ の弁道なり。 行持の清厳 セイゲン をすすむるには、いまの人、おほく雪峰高行 コウギョウ といふ。 雪峰の昏昧 コンマイ は諸人とひとしといへども、 雪峰の伶俐 レイリ は諸人のおよぶところにあらず。これ行持のしかあるなり。 いまの道人 ドウニン 、かならず雪峰の澡雪 ソウセツ をまなぶべし。 しづかに雪峰の諸方に参学せし筋力キンリキをかへりみれば、 まことに宿有霊骨 シュクウレイコツ の功徳なるべし。 〔『正法眼蔵』私訳〕 雪峰山の真覚大師義存和尚は、かつて発心して以来、錫杖をとどめて修行した禅林及び行脚の雲水の接待所 (無料宿泊所) への道中がどんなに長くても、 どんなところでも、日夜の坐禅を怠ることはなかった。 (雪峰真覚大師義存和尚、かつて発心よりこのかた、掛錫の叢林および行程の接待、 みちはるかなりといへども、ところをきらはず、日夜の坐禅おこたることなし。) 雪峰山に禅林を創設し世間に知られて大禅林になるまで、 怠ることなく坐禅を死ぬほどつとめた。 (雪峰草創の露堂々にいたるまで、おこたらずして坐禅と同死す。) 師家に就いて聞法したそのころは、九度洞山禅師に随身し、 三度投子禅師に随身した。世にもまれな仏道修行 である。                (咨参のそのかみは、九上洞山、三到投子する、希世の辨道なり。) 清廉で厳正な行持を勧めるときには、 今の師家は、多く雪峰の優れた行持と言って勧める。 (行持の清厳をすすむるには、いまの人、おほく雪峰高行といふ。) 得道前の雪峰の暗愚さは多くの人と同じであるが、 得道後の雪峰の怜悧さは、とても多くの人の及ぶところではない。 (雪峰の昏昧は諸人とひとしといへども、雪峰の伶俐は諸...

雪峰:怠ることなく坐禅を死ぬほどつとめた『第十六行持』16-22-1b

  〔『聞書』私訳〕 /雪峰山真覚大師。 この「昏昧 」 は得道の前のときであり、「伶俐」は得道の後である。 〔『抄』私訳〕 雪峰真覚大師の段、文の通りである。               合掌 ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。                                     ↓               ↓       にほんブログ村