〔『正法眼蔵』原文〕 異日雪峰召曰、「備頭陀何不徧参去」。 《異日雪峰召 ヨ んで曰く、「備頭陀何ぞ徧参去 ヘンザンコ せざる」》 師曰く、「達磨不来東土、二祖不往西天」。 雪峰然之 ネンシス 。 つひに象骨 ゾウコツ 山にのぼるにおよんで、 すなはち師と同力締構 ドウリキテイコウ するに、玄徒臻萃 シンスイ せり。 師の入室咨決 ニッシツシケツ するに、晨昏 ジンコン にかはることなし。 諸方の玄学のなかに所未決あるは、かならず師にしたがひて請益 シンエキ するに、雪峰和尚いはく、備頭陀にとふべし。 師まさに仁にあたりて不讓にしてこれをつとむ。 拔群の行持にあらずよりは、恁麼の行履 アンリ あるべからず。 終日宴坐の行持、まれなる行持なり。 いたづらに声色 ショウシキ に馳騁 シテイ することはおほしといへども、 終日の宴坐はつとむる人まれなるなり。 いま晩学としては、のこりの光陰のすくなきことをおそりて、 終日宴坐、これをつとむべきなり。 〔『正法眼蔵』私訳〕 また別の日に、〔玄沙が行脚に出ようと雪峰山を下ったとき、つまずいて生爪を剥がし、痛いッと叫ぶと同時に、「この痛みはどこから来る」のか、と悟った。そこでもう行脚に出る必要はないと悟り、雪峰山に戻ったときに、〕 雪峰が玄沙を呼んで言った、「備頭陀、なぜ行脚に行かないのか」。 (異日雪峰召んで曰く、「備頭陀何ぞ徧参せざる」。) 玄沙は言った「達磨は中国に来ず、二祖はインドに往かず」。 (師曰く、達磨不来東土、二祖不往西天。) 雪峰はこれをよしと認めた。 (雪峰然之。) 雪峰が、象骨山 (雪峰山) に住することになって、玄沙師と力を合わせて修行の道場を作り上げると、雲水たちがたくさん集まってきた。 (つひに象骨山にのぼるにおよんで、すなはち師と同力締構するに、玄徒臻萃せり。) その時も玄沙が雪峰の室に入って法の決択 ケッチャク( 道理を正しくえらびとる ) を尋ねるのは、朝夕に変わることはなかった。 (師の入室咨決するに、晨昏にかはることなし。) 諸方から集まってきた修行僧の中に決択がつかない者は、必ず師に教えを乞うのであるが、雪峰和尚は「備頭陀に尋ねなさい」と言った。 (諸方の玄学のなかに所未決あるは、かならず師にしたがひて請益するに、 雪峰和尚いはく、「備頭陀に...
〔抄私訳〕 「福州玄砂宗一大師」の段、文の通りである。 「 法名は師備」。 雪峰と玄砂の問答で、委しくはこの草子に見える。 「師答、『 終に敢て人を誑かさず』 」とある。 これは、ただいたづらに、たぶらかすべきをたぶらかさないというのではない。 悪口なかれなどと『仏性』の巻にあったほどの道理である。 人を置いて、これをたぶらかさないというのではない。 又、「雪峰召んで曰く、「備頭陀何ぞ徧参去せざる」。 師曰く、「 達磨不来東土、 二祖不往西天」とある。 達磨は、実際シナに来られたので、今の答えは当たっていないと思われる。 二祖がインドに往かなかったことは、実に根拠があると思われるけれども、 祖師の皮肉骨髄はみなこの道理なのである。初めて聞くといって驚くべきではない。 合掌 ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。 ↓ ↓ にほんブログ村