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六祖の昔は新州の木こりであった『第十七恁麼』17-4-3a(正法眼蔵)

第四段③ 〔『正法眼蔵』原文〕  六祖のむかしは新州の樵夫 ショウフ なり。 山をもきはめ、水をもきはむ。 たとひ青松 セイショウ のもとに功夫して根源を截断 セツダン せりとも、 なにとしてか明窓 メイソウ のうちに従容 ショウヨウ して、照心の古教ありとしらん。 澡雪 ソウセツ たれにかならふ。 いちにありて経をきく、これみづからまちしところにあらず、 他のすゝむるにあらず。 いとけなくして父を喪 ソウ し、長じては母をやしなふ。 しらず、このころもにかゝれりける一顆珠の乾坤 ケンコン を照破することを。 たちまちに発明 ハツメイ せしより、老母をすてて知識をたづぬ、 人のまれなる儀なり。 恩愛 オンナイ のたれかかろからん。 法をおもくして恩愛を軽ろくするによりて棄恩せしなり。 これすなはち「有智若聞、即能信解 《智有るもの若し聞かば、即ち能く信解す》の道理なり。   〔『正法眼蔵』私訳〕  六祖は、昔は新州の木こりであった。 深い山中で、山や谷川の水をも極めるような生活を送っていた。 たとえ山中の青松の下で修行しあらゆる世俗的な考え方を断ち切ったとしても、 どうして明るい窓辺でゆったりと落ち着き、 心を照らす古 イニシエ の教えの存在を 知ることができたであろうか。 また身心を絶え間なく磨きあげる修行方法を、 一体誰に習うことができたであろうか。 ある日、市場で僧がお経を読んでいるのを偶然耳にしたが、 それは自分が期待していたものでも、誰かに勧められたものでもなかった。 幼い頃に父を亡くし、成長してからは母を養った。 この頃、自分の身心に備わっていた一顆の珠 (一個の光り輝く珠) が、 天地を照らす力を持っていることに気づいていなかった。 しかし突然、自分の身心の真相が明らかになると、 老いた母を置いて善知識を訪ねた。 これは世にも稀な行いであった。 親子の恩愛が軽いなどということは決してないが、 それでも恩愛を捨て出家したのは、仏法を重んじ恩愛を軽くすることは、 それに比べれば軽いものとしたからである。 これこそ、「智有るもの若し聞かば、即ち能く信解す (智ある者がもし聞けば、 すぐに理解し信ずるであろう) 」という道理に他ならないのである。                             合掌 六祖は、昔は新州の木こりであった『第十七恁...
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六祖の昔は新州の木こりであった『第十七恁麼』17-4-3b(聞書抄)

  〔聞書原文〕 /古教ありとしらんと云ふ。 是は、古教照心と云ふるき詞あり、近代の禅僧は祖師の言句を 推度 スイタク(オシハカル) する事あるべからず、はじめてわれとこそ法をば得れと云ふ。 尤古教照心の義にはそむくべし。 仏の言句、祖師の語話 ゴワ をこそ、よくよく校合 コウゴウ 了見すべけれ。 不然者、経論すべて無詮なり。 〔聞書私訳〕 /「古教ありとしらん」と言う。 これは、「古教照心 (古の教えが心を照らす) 」という古い言があるにもかかわらず、 近年の禅僧は祖師の言葉を深く考えることなく、 「自分が初めて法を得たのだ」と主張する傾向にある。 これはもっとも「古教照心」の教えに反するものである。 仏の言葉や祖師の語録を、 入念に校合 キョウゴウ (基準とする本文に照らして 本文の異同を確かめること) し、 深く考察すべきである。 そうしなければ、経論 (経典と注釈書) もすべて意味をなさなくなってしまうのである。                             合掌 ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。                                    ↓               ↓       にほんブログ村

風も幡も動もみな心であると六祖は言う『第十七恁麼』17-4-2a(正法眼蔵)

第四段②  六祖大鑑慧能禅師 [『正法眼蔵』原文]    しかあればすなはち、この道著 ドウヂャク は風も幡も動も、 ともに心にてあると、六祖は道取するなり。 まさにいま六祖の道 ドウ をきくといへども、六祖の道をしらず。 いはんや六祖の道得を道取することをえんや。 為甚麼恁麼道 イジンモインモドウ 《甚麼 ナニ としてか恁麼道 インモイ う》。  いはゆる「仁者心動」の道をきゝて、 すなはち仁者心動といはんとしては、「仁者心動」と道取するは、 六祖をみず、六祖をしらず、六祖の法孫にあらざるなり。 いま六祖の児孫として、六祖の道を道取し、 六祖の身体髪膚をえて道取するには、恁麼いふべきなり。 いはゆる「仁者心動」はさもあらばあれ、さらに「仁者動」といふべし。 為甚麼恁麼道。  いはゆる動者動なるがゆゑに、仁者仁者なるによりてなり。 「既是恁麼人」なるがゆゑに恁麼道なり。 [『正法眼蔵』訳文]    そうであれば、ここで言われていることは、 風も幡も動もみな心である (三界唯一心) 、と六祖は言うのである。 まさに今、六祖の言葉を聞いたと言っても、 六祖が言った本当の意味を知らない。 いわんや六祖が説き示した仏法の道理を 自分の言葉で言うことなどどうしてできようか。 なぜそういう風に六祖が言ったのか、参じなければならない。  六祖が言う「仁者心動」の言葉を聞いて、 「仁者心動」の内容を言おうとして、「仁者心動」と言うのは、 六祖の真意を見ず、六祖がどういう人か知らず、 六祖の仏法を汲む者ではないのである。 今、六祖の仏道を学ぶ者として、六祖が言わんとしていることを言い、 六祖の皮肉骨髄を単伝して言うならば、このように言うべきである: 六祖が言われた「仁者心動」は、それはそれとして、 さらに「仁者動」と言うべきである。 どうしてそのように言うのか。  それは、「動」と言えば「動」となり、 「仁者」と言えば「仁者」となるからである。 「すでに仁者は恁麼人」であるからそのように言うのである。                              合掌   風も幡も動もみな心である『第十七恁麼』17-4-2b(聞書抄 ) ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。                      ...

風も幡も動もみな心であると六祖は言う『第十七恁麼』17-4-2b(聞書抄)

〔『抄』原文〕   〔正法眼蔵引用:〕「為甚麼 ナニトシテカ 恁麼 イムモ 道 イフ 。いはゆる仁者心動の道をきゝて、則仁者心動といはむとしては、仁者心動と道取するは、六祖をみず、六祖をしらず、六祖の法孫にあらざるなり。」 是は、六祖の仁者心動の道を聞て、打任せたる心と此心を心得て、此心が動ずると思て、仁者心動と道取するは、六祖をみず、六祖をしらず、六祖の法孫に非らず、と被嫌なり。 実六祖、争凡夫所具之妄心を仁者心動の心とは可被仰、勿論事なり。 〔正法眼蔵引用:〕「六祖の身体髪膚をえて道取するには、恁麼云べきなり。所謂仁者心動はさもあらばあれ、さらに仁者動といふべし。為甚麼恁麼道。いはゆる動者動なるかゆゑに、仁者仁者なるによりてなり。既是恁麼人なるがゆゑに恁麼道なり。」 六祖の御心地の仁者心動とはとて今義を被述 ノベラル 。 是は、方丈御詞なり。 所詮、仁者動と云べしとは、仁者心動と云へば、猶心は所具の法と心えぬべき分もありぬべきを、仁者動と云へば、仁者を動と談ずれば、心より縁起すると云僻 ヘキ 見は止なり。 此動又彼か是を動ずると云義にあらざれば、動者動と云道理なり。 此の理なるゆゑに、仁者仁者なるべし。 風も幡も仁者心動も只一法の上の道理なるべし。 「恁麼事を得んと欲 オモ はば、須く是れ恁麼人なるべし。既に是れ恁麼人なり、何ぞ恁麼事を愁へんや」と云ふ。 既に是れ恁麼人なる人なるゆゑに、右に所挙の道理が、如此云はるゝなり。 〔『抄』訳文〕   〔正法眼蔵引用:〕「為甚麼 ナニトシテカ 恁麼 イムモ 道 イフ 。いはゆる仁者心動の道をきゝて、則仁者心動といはむとしては、仁者心動と道取するは、六祖をみず、六祖をしらず、六祖の法孫にあらざるなり。」とある。 これは、六祖の「仁者心動の道をきゝて」、普通の心とこの心を解し、この心が動くと思って、「仁者心動と道取するは、六祖をみず、六祖をしらず、六祖の法孫にあらざるなり」と嫌われるのである。 本当に「六祖」が凡夫が具えている妄心を「仁者心動」の心と言わないのは言うまでもないことである。 〔正法眼蔵引用:〕「六祖の身体髪膚をえて道取するには、恁麼云べきなり。所謂仁者心動はさもあらばあれ、さらに仁者動といふべし。為甚麼恁麼道。いはゆる動者動なるかゆゑに、仁者仁者なるによりてなり。既是恁麼...