〔『正法眼蔵』原文〕 いまの見仏聞法は、仏祖面々の行持よりきたれる慈恩なり。 仏祖もし単伝せずは、いかにしてか今日にいたらん。 一句の恩なほ報謝すべし、一法の恩なほ報謝すべし。 いはんや正法眼蔵無上大法の大恩、これを報謝せざらんや。 一日に無量恒河沙 ゴウガシャ の身命すてんこと、ねがふべし。 法のためにすてんかばねは、世々 セゼ のわれら、かへりて礼拝供養すべし。 諸天龍神ともに恭敬尊重 クギョウソンヂュウ し、守護讃歎するところなり、 道理それ必然なるがゆゑに。 〔『正法眼蔵』私訳〕 今、仏に見 マミ えて法を聞くことが出来るのは、 仏祖方の行持により持たされた慈恩である。 (いまの見仏聞法は、仏祖面々の行持よりきたれる慈恩なり。) 仏祖がもし法をそっくりそのまま伝えてこなければ、 どうして今日まで伝わったであろうか。 (仏祖もし単伝せずはいかにしてか今日にいたらん。) 仏祖が伝えた一句の恩にも報謝すべきであり、 一法の恩にも報謝すべきである。 (一句の恩なほ報謝すべし、一法の恩なほ報謝すべし。) 〔礼拝の仕方、合掌の仕方、お袈裟の掛け方にしても、 みな一法一法だ。〕 まして正法眼蔵無上の大法である坐禅を伝えた大恩を、 どうして報恩感謝せずにおれようか。 (いはんや正法眼蔵無上大法の大恩、これを報謝せざらんや。) 報恩感謝のために、 一日に無数の身命を捨てることを、願うべきである。 (一日に無量恒河沙の身命すてんこと、ねがふべし。) 法のために捨てた屍 シカバネ は、 後世の我々が、振り返って礼拝し供養するであろう。 (法のためにすてんかばねは、世々のわれら、かへりて礼拝供養すべし。) 諸天や龍神たちも共にそれを敬い尊重し、 守護し讃嘆するところである、必然の道理であるからである。 (諸天龍神ともに恭敬尊重し、守護讃歎するところなり、道理それ必然なるがゆゑに。) 合掌 ランキングに参加中です。よろしけれ...
〔『正法眼蔵』原文〕 しづかにおもふべし、正法よに流布 ルフ せざらんときは、 身命を正法のために抛捨 ホウシャ せんことをねがふともあふべからず。 正法にあふ今日のわれらをねがふべし、 正法にあうて身命をすてざるわれらを慚愧 ザンキ せん。 はづべくは、この道理をはづべきなり。 しかあれば、祖師の大恩を報謝せんことは、一日の行持なり。 自己の身命をかへりみることなかれ。 禽獣 キンジュウ よりもおろかなる恩愛、をしんですてざることなかれ。 たとひ愛惜 アイジャク すとも、長年 チョウネン のともなるべからず。 あくたのごとくなる家門、たのみてとゞまることなかれ。 たとひとゞまるとも、つひの幽棲にあらず。 むかし仏祖のかしこかりし、みな七宝千子 シッポウセンシ をなげすて、 玉殿朱楼をすみやかにすつ。 涕唾 テイダ のごとくみる、糞土 フンド のごとくみる。 これらみな、古来の仏祖の古来の仏祖を報謝しきたれる知恩報恩の儀なり。 病雀 ビョウジャク なほ恩をわすれず、三府の環よく報謝あり。 窮亀 キュウキ なほ恩をわすれず、余不 ヨ付 の印 イン よく報謝あり。 かなしむべし、人面 ニンメン ながら畜類よりも愚劣ならんことは。 〔『正法眼蔵』私訳〕 静かに考えてみよ、正法が世に流布していない時は、身命を正法のために 投げ捨てようと望んでも、正法に会うことはできないのである。 (しづかにおもふべし、正法よに流布せざらんときは、 身命を正法のために抛捨せんことをねがふともあふべからず。) 正法に会う今日の自分を願うべきである。 (正法にあふ今日のわれらをねがふべし。) 正法に会っていながら身命を正法のために捨てない自分を慚愧すべきである。 (正法にあうて身命をすてざるわれらを慚愧せん。) 恥じるなら、この道理を恥じるべきである。 (はづべくは、この道理をはづべきなり。) だから、初祖の大恩に報恩感謝することは、 一日の行持をつとめることである。 (しかあれば、祖師の大恩を報謝せんことは、一日の行持なり。) 自分の身命を顧みて行持をつとめないことがあってはならない。 (自己の身命をか...