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東西南北どちらに帰っても無上道の活動があるだけ『第十六行持下』16下-16-2

  いかなるかこれ莫帰郷 マクキキョウ 。 莫帰郷とはいかにあるべきぞ、東西南北の帰去来 キキョライ 、 ただこれ自己の倒起なり、まことに帰郷道不行 ドウフギョウ なり。 道不行なる、帰郷なりとや行持する、帰郷にあらざるとや行持する、 帰郷なにによりてか道不行なる、不行にさへらるとやせん、自己にさへらるとやせん。 並舎老婆子 ヘイシャロウボス は説汝旧時名 セツニョキュウジメイ なりとはいはざるなり、 並舎老婆子、説汝旧時名なりといふ道得なり。  南嶽いかにしてかこの道得ある、江西いかにしてかこの法語をうる。 その道理は、われ向南行 コウナンコウ するときは大地おなじく向南行するなり、 余方もまたしかあるべし。 須弥 シュミ 大海 ダイカイ を量として、しかあらずと疑殆 ギタイ し、 日月星辰 ジツゲツセイシン に格量 コウリョウ して、猶滞 ユウタイ するは小見 ショウケン なり。 〔『正法眼蔵』私訳〕  この郷に帰ること莫れとはどういうことか。 (いかなるかこれ莫帰郷。) 郷に帰ること莫れとはどうあるべきか。 (莫帰郷とはいかにあるべきぞ。) それは東西南北どちらに帰っても、 ただ自己つまり無上道の活動があるだけということである。 (東西南北の帰去来、ただこれ自己の倒起なり。) まことに無上道に帰えれば無上道のほかに余物がないということである。 (まことに帰郷道不行なり。) 〔郷に帰ること莫 ナカ れの底意は郷に帰ること莫 ナ しである。尽十方界が郷里すなわち無上道であるとき、帰るべき郷里つまり無上道はないからである。尽十方界が無上道であるときに、行うもの・行われるものはなく、ただ一つ無上道のみがありそのほかに余物がないからである。そのことを不行、行われずと言ったのである。〕 道不行 (無上道のほかに余物がないこと) は、帰郷 (無上道に帰ること) であると行持すると心得る。 (道不行なる、帰郷なりとや行持する、) 道不行 (無上道のほかに余物がないこと) であれば、〔道不行と帰郷は非常に親密であるから〕帰郷ではないと行持すると心得るのである。 (帰郷にあらざるとや行持する、) 帰郷はどういうわけで道不行なのか。 (帰郷なにによりてか道不行なる、) 〔道不行と帰郷は評価に親密であるから〕道不行に覆いかぶされてしまうと帰郷が隠れてしまい、帰郷に覆い...
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馬祖禅師:幾たび生まれ変わろうとも郷里には向かわない『第十六行持下』16下-16-1 

  〔『正法眼蔵』原文〕  洪州江西 コウゼイ 、開元寺、大寂禅師、諱道一 イミナドウイツ 、漢州十方県人 ジッポウケンニン なり、  南嶽 ナンガク に参侍 サンジ すること十余載なり、あるとき郷里にかへらんとして、半路にいたる、 半路よりかへりて焼香礼拝するに、南嶽ちなみに偈 ゲ をつくりて馬祖 バソ にたまふにいはく、 「勧君莫帰郷、帰郷道不行。竝舍老婆子、説汝旧時名」。 《君に勧む郷に帰ること莫れ、郷に帰らば道行 ドウオコ なわれず。並舎 ヘイシャ の老婆子 ロウボス 、汝が旧時の名を説く。》 この法話をたまふに、馬祖うやまひたまはりて、ちかひていはく、 「われ生々 ショウジョウ にも漢州にむかはざらん」と、 誓願して漢州にむかひて一歩をあゆまず、江西 コウゼイ に一住 イチジュウ して、十方を往来せしむ。  わづかに即心即仏を道得するほかに、さらに一語の為人 イニン なし、 しかありといへども、南嶽の嫡嗣 テキシ なり、人天 ニンデン の命脈 メイミャク なり。 〔『正法眼蔵』私訳〕  洪州江西の開元寺の大寂禅師 (馬祖) は、名を道一といい、漢州十方県の人である、 (洪州江西、開元寺、大寂禅師、諱道一、漢州十方県人なり、)  南嶽懐譲 ナンガクエジョウ に仕えて修行することが十数年であった。 (南嶽に参侍すること十余載なり、) あるとき郷里に帰ろうとして途中まで行った。ところが途中引き返してきて香を焚いて礼拝をした。 (あるとき郷里にかへらんとして半路にいたる、半路よりかへりて焼香礼拝するに、) そのときに南嶽が詩偈を作って馬祖に与えて言った、 (南嶽ちなみに偈をつくりて馬祖にたまふにいはく、) 「君に勧める、郷里に帰ってはいけない。郷里に帰れば道は行われない、 隣近所のお婆さんが、お前の昔の名を呼ぶだろうから」と。 (「君に勧む郷に帰ること莫れ、郷に帰らば道行なわれず。並舎の老婆子、汝が旧時の名を説く」。) この法語を賜ったので、馬祖は恭しく頂いて、誓って言った、 「わたしは幾たび生まれ変わろうとも郷里の漢州には向かわない」と誓願し、漢州に向かって一歩も歩を進めることはなかった。 (この法話をたまふに、馬祖うやまひたまはりて、ちかひていはく、「われ生々にも漢州にむかはざらん」と誓願して、漢州にむかひて一歩をあゆま...

これが祇園に居られた釈迦牟尼仏の正しい修行のあり方である『第十六行持下』16下-15-6

  〔『正法眼蔵』原文〕  諸仁者、還見古人偈麼、  《諸仁者 ショジンシャ 、還 マタ 古人の偈を見るや、》  山田脱粟飯、野菜淡黄齏、喫則従君喫、不喫任東西。  《山田脱粟 サンデンダツゾク の飯、野菜淡黄の齏 セイ 、喫 キツ は則ち君が喫するに従 マカ す、喫せざれば東西に任す。》 伏惟同道 フイドウドウ 、各自努力。珍重 チンチョウ。 《伏して惟 オモンミ れば同道、各自に努力せよ、珍重 チンチョウ 。》  これすなはち、祖宗単伝の骨髄なり、高祖の行持おほしといへども、 しばらくこの一枚を挙 コ するなり。 いまわれらが晩学なる、芙蓉高祖の芙蓉山に修練 シュレン せし行持、 したひ参学すべし、それすなはち祇園 ギオン の正儀 ショウギ なり。 〔『正法眼蔵』私訳〕   みなさん、次の古人の詩偈を聞いたことがあるか、  (諸仁者、還古人の偈を見るや、) 山の田の粗末な玄米の飯、黄ばんだ野菜の塩漬け、こんな食事 (仏法) で修行する気があるならしなさい、それが嫌なら勝手にどこへでもおいでなさい。 (山田脱粟の飯、野菜淡黄の齏、喫することは則ち君の喫するに従す、 喫せざれば東西に任す、) それでは同参の人たちよ、各々自ら努力せよ。お大事に。 (伏して惟んみれば同道、各自に努力せよ、珍重。)   これがすなわち仏祖が一筋に伝えてきた仏法の真髄である。  (これすなはち祖宗単伝の骨髄なり、) 芙蓉高祖の行持は多いけれども、しばらくこの一例を挙げるのである。 (高祖の行持おほしといへども、しばらくこの一枚を挙するなり。) 今の我々後進の者は、芙蓉高祖が芙蓉山で修練した行持を慕って修行すべきである。 (いまわれらが晩学なる、芙蓉高祖の、芙蓉山に修練せし行持、したひ参学すべし、) それがとりもなおさず祇樹給孤独園に居られた釈迦牟尼仏の正しい修行のあり方なのである。 (それすなはち祇園の正儀なり。                             合掌 ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。                                    ↓               ↓       にほんブログ村

恥ずべきことは、後進の者(わたし)が軟弱なことである『第十六行持下』16下-15-5

  〔『正法眼蔵』原文〕  山僧今日、向諸人面前説家門、已是不著便、豈可更去陞堂入室、拈槌竪払、 東喝西棒、張眉努目、如癇病発相似。不唯屈沈上座、況亦辜負先聖。 《山僧 サンゾウ 今日、諸人の面前に向かって家門を説く、已に是れ便 タヨリ を著 エ ず、豈に更に去 サッ て陞堂 シンドウ し入室 ニュウシツ し、拈槌竪払 ネンツイジュホツ し、東喝西棒 トウカツセイボウ し、張眉努目 チョウビドモク 、癇病の発するが如くに相似 ソウジ るたる可し、唯上座を屈沈 クッチン するのみにあらず、況 マスマ す亦先聖 センショウ を辜負 コブ せんをや。》  你不見、達磨西来、到少室山下、面壁九年、二祖至立雪断臂、可謂受艱辛、 然而達磨不曾措了一詞、二祖不曽問著一句、還喚達磨。作不為人得麼、 喚二祖做不求師得麼、山僧毎至説著古聖做処、便覚無地容身、慚愧後人軟弱。 《你見ずや、達磨西来して、少室山の下 フモト に到り、面壁九年す、二祖立雪断臂 リュウセツダンピ に至りて、謂 イイ つ可し、艱辛を受くと、然而 シカリシコ うして達磨曾て一詞 ジ を措了 ソリョウ せず、二祖曾て一句を問著せず、還って達磨を喚んで人の為にせずと作 ナ し得てんや、二祖を喚んで師を求めずと做 ナ し得てんや、山僧古聖 サンゾウコショウ の做処 サショ を説著 セツジャク するに至る毎に、便ち身を容るるに地無しと覚ゆ、慚愧 ザンキ す後人 コウジン の軟弱なることを。》  又況百味珍羞、逓相供養、道我四事具足、方可発心、只恐做手脚不迭、 便是隔生隔世去、也時光似箭、深為可惜。 《又況 サラ に百味珍羞 ヒャクミチンシュウ 、逓 タガイ に相供養し、道 イ ふ、我れは四事具足して、方 マサ に発心すべしと。只恐らくは做手脚 ソシュキャク 不迭 フテツ にして、便ち是れ隔生隔世 カクショウカクセ せん。 時光箭 ヤ に似たり、深く可惜 コシツ たり。》  雖然如是、更在他人従長相度、山僧也強教你不得。 《然も是の如くなりと雖も、更に他人の従長して相度する在らん。 山僧也 マタ 強ひて你に教ふること不得なり》。 〔聞書私訳〕 /「道ふ、我れは四事具足して、方に発心すべし」とは、道は衣食住などが十分備わってから行われるというのは、私の手脚は〔仏弟子ほど〕速くないと〔いって...