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これが祇園に居られた釈迦牟尼仏の正しい修行のあり方である『第十六行持下』16下-15-6

  〔『正法眼蔵』原文〕  諸仁者、還見古人偈麼、  《諸仁者 ショジンシャ 、還 マタ 古人の偈を見るや、》  山田脱粟飯、野菜淡黄齏、喫則従君喫、不喫任東西。  《山田脱粟 サンデンダツゾク の飯、野菜淡黄の齏 セイ 、喫 キツ は則ち君が喫するに従 マカ す、喫せざれば東西に任す。》 伏惟同道 フイドウドウ 、各自努力。珍重 チンチョウ。 《伏して惟 オモンミ れば同道、各自に努力せよ、珍重 チンチョウ 。》  これすなはち、祖宗単伝の骨髄なり、高祖の行持おほしといへども、 しばらくこの一枚を挙 コ するなり。 いまわれらが晩学なる、芙蓉高祖の芙蓉山に修練 シュレン せし行持、 したひ参学すべし、それすなはち祇園 ギオン の正儀 ショウギ なり。 〔『正法眼蔵』私訳〕   みなさん、次の古人の詩偈を聞いたことがあるか、  (諸仁者、還古人の偈を見るや、) 山の田の粗末な玄米の飯、黄ばんだ野菜の塩漬け、こんな食事 (仏法) で修行する気があるならしなさい、それが嫌なら勝手にどこへでもおいでなさい。 (山田脱粟の飯、野菜淡黄の齏、喫することは則ち君の喫するに従す、 喫せざれば東西に任す、) それでは同参の人たちよ、各々自ら努力せよ。お大事に。 (伏して惟んみれば同道、各自に努力せよ、珍重。)   これがすなわち仏祖が一筋に伝えてきた仏法の真髄である。  (これすなはち祖宗単伝の骨髄なり、) 芙蓉高祖の行持は多いけれども、しばらくこの一例を挙げるのである。 (高祖の行持おほしといへども、しばらくこの一枚を挙するなり。) 今の我々後進の者は、芙蓉高祖が芙蓉山で修練した行持を慕って修行すべきである。 (いまわれらが晩学なる、芙蓉高祖の、芙蓉山に修練せし行持、したひ参学すべし、) それがとりもなおさず祇樹給孤独園に居られた釈迦牟尼仏の正しい修行のあり方なのである。 (それすなはち祇園の正儀なり。                             合掌 ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。                                    ↓               ↓       にほんブログ村
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恥ずべきことは、後進の者(わたし)が軟弱なことである『第十六行持下』16下-15-5

  〔『正法眼蔵』原文〕  山僧今日、向諸人面前説家門、已是不著便、豈可更去陞堂入室、拈槌竪払、 東喝西棒、張眉努目、如癇病発相似。不唯屈沈上座、況亦辜負先聖。 《山僧 サンゾウ 今日、諸人の面前に向かって家門を説く、已に是れ便 タヨリ を著 エ ず、豈に更に去 サッ て陞堂 シンドウ し入室 ニュウシツ し、拈槌竪払 ネンツイジュホツ し、東喝西棒 トウカツセイボウ し、張眉努目 チョウビドモク 、癇病の発するが如くに相似 ソウジ るたる可し、唯上座を屈沈 クッチン するのみにあらず、況 マスマ す亦先聖 センショウ を辜負 コブ せんをや。》  你不見、達磨西来、到少室山下、面壁九年、二祖至立雪断臂、可謂受艱辛、 然而達磨不曾措了一詞、二祖不曽問著一句、還喚達磨。作不為人得麼、 喚二祖做不求師得麼、山僧毎至説著古聖做処、便覚無地容身、慚愧後人軟弱。 《你見ずや、達磨西来して、少室山の下 フモト に到り、面壁九年す、二祖立雪断臂 リュウセツダンピ に至りて、謂 イイ つ可し、艱辛を受くと、然而 シカリシコ うして達磨曾て一詞 ジ を措了 ソリョウ せず、二祖曾て一句を問著せず、還って達磨を喚んで人の為にせずと作 ナ し得てんや、二祖を喚んで師を求めずと做 ナ し得てんや、山僧古聖 サンゾウコショウ の做処 サショ を説著 セツジャク するに至る毎に、便ち身を容るるに地無しと覚ゆ、慚愧 ザンキ す後人 コウジン の軟弱なることを。》  又況百味珍羞、逓相供養、道我四事具足、方可発心、只恐做手脚不迭、 便是隔生隔世去、也時光似箭、深為可惜。 《又況 サラ に百味珍羞 ヒャクミチンシュウ 、逓 タガイ に相供養し、道 イ ふ、我れは四事具足して、方 マサ に発心すべしと。只恐らくは做手脚 ソシュキャク 不迭 フテツ にして、便ち是れ隔生隔世 カクショウカクセ せん。 時光箭 ヤ に似たり、深く可惜 コシツ たり。》  雖然如是、更在他人従長相度、山僧也強教你不得。 《然も是の如くなりと雖も、更に他人の従長して相度する在らん。 山僧也 マタ 強ひて你に教ふること不得なり》。 〔聞書私訳〕 /「道ふ、我れは四事具足して、方に発心すべし」とは、道は衣食住などが十分備わってから行われるというのは、私の手脚は〔仏弟子ほど〕速くないと〔いって...

山上で猿が啼き、露は真夜中の月を濡らす『第十六行持下』16下-15-4

   又況活計具足、風景不疎、華解笑、鳥解啼、木馬長鳴、石牛善走、天外之青山寡色、耳畔之鳴泉無声、嶺上猿啼、露湿中霄之月。林間鶴唳、風回清暁之松、春風起時枯木龍吟、秋葉凋而寒林花散、玉階鋪苔蘚之紋、人面帯煙霞之色。音塵寂爾、消息宛然。一味蕭条、無可趣向。  《又況や活計具足し、風景疎ならず、華は笑 ワラ うことを解し、鳥は啼くことを解す、木     馬長 トコシナ へに鳴き、石牛善く走る、天外 テンガイ の青山 セイザン 寡 色 イロスクナ く、耳畔 ニハン の鳴泉      メイセン 声無し、嶺上 レイジョウ 猿啼 ナイ いて露中霄 チュウショウ の月を湿 ウルオ し、林間鶴唳 ツルナ いて風清暁  カゼセイギョウ の松を回 メグ る、春風起れば時 ココニ 枯木龍吟 コボクリュウギン し、秋葉凋 シボ めば而 スナワチ 寒     林花散ず、玉階苔蘚 ギョクカイタイセン の紋を鋪 シ き、人面煙霞 ニンメンエンカ の色を帯 オ ぶ、音塵寂爾 オン    ジンジャクニ として、消息宛然 エンネン たり、一味蕭条 ショウジョウ として、趣向すべき無し。》 〔聞書私訳〕 /「華は笑くことを解し、鳥啼くことを解す。木馬長く鳴き、石牛善く走る。天外の青山色寡く、耳畔の鳴泉声無し」などというのは、これはみな悟道の上の言葉である。 花が笑み、鳥が啼くのは世の常のことであるが、木馬がどうして長く鳴き、石牛がどうして走るのかなどと思ってはいけない。 花が笑み、鳥が鳴き、木馬が鳴くのも同じように理解すべきである。 すでに「天外の青山」という。陰陽の外 (悟道の上) のことである。。 〔『正法眼蔵』私訳〕   また、いわんや修行生活は十分に整っており、風景も細やかに備わっている、 (又況んや活計具足し、風景疎ならず、) 花は咲くことを知っており、鳥は啼くことを知っている、木馬は大いに嘶 イナナ き、石牛はよく走る、 (華は笑くことを解し、鳥啼くことを解す、木馬長く鳴き、石牛善く走る、) 天井の青山はうすく霞んで見え、音を立てて流れる泉は耳に心地よい。 (天外の青山色寡く、耳畔の鳴泉声無し、) 山上で猿が啼き、露は真夜中の月を濡らす。 (嶺上猿啼て、露中霄の月を濕し、) 林間に鶴が鳴き、風は明け方の松をめぐる。 (林間鶴唳て、風清暁の松を回る、) 春風が...

粥とするに足らなければ米湯とする『第十六行持下』16下-15-3

〔『正法眼蔵』原文〕  山僧行業無取、忝主山門。豈可坐費常住、頓忘先聖附嘱。今者輙欲略学古人為住持体例。 《山僧行業 サンゾウギョウゴウ 取ること無し、忝 カタジケ なく山門に主たり、豈に坐 ザ ながら常住を費して頓 トミ に先聖 センショウ の附嘱 フショク を忘る可 ベケ んや。今は輙 スナワ ち略 ホボ 古人の住持為 タ る体例に学 マナ ばんと欲す。》  与諸人議定、更不下山、不赴斉、不発化主。唯将本院荘課一歳所得、均作三百六十分、日取一分用之、更不随人添減。可以備飯則作飯、作飯不足則作粥。作粥不足、則作米湯。新到相見、茶湯而已、更不煎點。唯置一茶堂、自去取用、務要省縁専一辨道。 《諸人と議定 ギチョウ す、更に山を下らじ、斉 サイ に赴 イタ らじ、化主 ケシュ を発せじ、唯本院の荘課 ソウカ 、一歳の所得を将 モッ て、均く三百六十分と作 ナ し、日 ヒ に一分を取 トリ て之を用い、更に人に随いて添減せず、以て飯に備う可 ベ きは則ち飯と作し、飯と作して足らざれば則ち粥 シュク と作し、粥と作して足らざれば則ち米湯 ベイトウ と作すべし、新到 シントウ 相見 ショウケン も茶湯 サトウ のみ、更に煎点せじ、唯 ただ 一茶堂 イッサドウ を置て、自ら去 サリ て用 モチ う、務 ツトメ て縁を省いて専一辨道を要す》。 〔『正法眼蔵』私訳〕  山僧 (私) は修行も至らぬ身でありながら、かたじけなくも寺の住持となった。 (山僧行業取無くして、忝く山門を主す。) どうしていたずらに寺の常置の財物を費やし、にわかに釈迦牟尼仏の遺嘱 (正法正伝と衆生済度) を忘れることなどできようか。 (豈に坐ら常住を費やし、頓に先聖の附属を忘る可けんや。) 今は仏祖方が住持としてやってこられた先例に学ぼうと思う。 (今は輙ち古人の住持たる体例に略学せんとす。) 大衆と合議して定めた。決して山を下らない。斎食に赴かず、寺に必要なものを勧募する僧を送らない、ただこの寺の荘園からあがる年貢を三百六十五等分して、毎日その一日分を取って用い、決して大衆の数によって増減することをしない、 (諸人と議定す、更に山を下らず、斉に赴かず、化主を発せず。唯、本院の荘課一歳の所得を将て、均しく三百六十分に作して、日に一分を取つて之を用ゐる、更に人に随つて添減せず。) 飯として...