〔『正法眼蔵』原文〕 雪峰 セッポウ 真覚大師 シンガク ダイシ 義存和尚 ギソン オショウ 、 かつて発心 ホッシン よりこのかた、掛錫 カシャク の叢林 ソウリン および行程 コウテイ の接待、 みちはるかなりといへども、ところをきらはず、日夜の坐禅おこたることなし。 雪峰草創の露堂々 ロドウドウ にいたるまで、おこたらずして坐禅と同死 ドウシ す。 咨参 シサン のそのかみは、九上 キュウジョウ 洞山 トウザン 、三到 サントウ 投子 トウス する、 希世 キセイ の弁道なり。 行持の清厳 セイゲン をすすむるには、いまの人、おほく雪峰高行 コウギョウ といふ。 雪峰の昏昧 コンマイ は諸人とひとしといへども、 雪峰の伶俐 レイリ は諸人のおよぶところにあらず。これ行持のしかあるなり。 いまの道人 ドウニン 、かならず雪峰の澡雪 ソウセツ をまなぶべし。 しづかに雪峰の諸方に参学せし筋力キンリキをかへりみれば、 まことに宿有霊骨 シュクウレイコツ の功徳なるべし。 〔『正法眼蔵』私訳〕 雪峰山の真覚大師義存和尚は、かつて発心して以来、錫杖をとどめて修行した禅林及び行脚の雲水の接待所 (無料宿泊所) への道中がどんなに長くても、 どんなところでも、日夜の坐禅を怠ることはなかった。 (雪峰真覚大師義存和尚、かつて発心よりこのかた、掛錫の叢林および行程の接待、 みちはるかなりといへども、ところをきらはず、日夜の坐禅おこたることなし。) 雪峰山に禅林を創設し世間に知られて大禅林になるまで、 怠ることなく坐禅を死ぬほどつとめた。 (雪峰草創の露堂々にいたるまで、おこたらずして坐禅と同死す。) 師家に就いて聞法したそのころは、九度洞山禅師に随身し、 三度投子禅師に随身した。世にもまれな仏道修行 である。 (咨参のそのかみは、九上洞山、三到投子する、希世の辨道なり。) 清廉で厳正な行持を勧めるときには、 今の師家は、多く雪峰の優れた行持と言って勧める。 (行持の清厳をすすむるには、いまの人、おほく雪峰高行といふ。) 得道前の雪峰の暗愚さは多くの人と同じであるが、 得道後の雪峰の怜悧さは、とても多くの人の及ぶところではない。 (雪峰の昏昧は諸人とひとしといへども、雪峰の伶俐は諸...