〔『正法眼蔵』原文〕 おもくかしこからん、なほ法のためにをしむべからず、 いはんや卑賤の身命をや。 たとひ卑賤なりといふとも、為道為法のところにをしまずすつることあらば、 上天よりも貴なるべし、輪王よりも貴なるべし、 おほよそ天神地祇 テンジンチギ 、三界衆生よりも貴なるべし。 しかあるに、初祖は南天竺国香至王の第三皇子 オウジ なり。 すでに天竺国の帝胤 テイイン なり、皇子なり。 高貴のうやまふべき、東地辺国には、 かしづきたてまつるべき儀もいまだしらざるなり。 香なし、花 ケ なし、坐褥 ザニク おろそかなり、殿台 デンダイ つたなし。 いはんやわがくには、遠方 オンポウ の絶岸なり、 いかでか大国の皇 オウ をうやまふ儀をしらん。 たとひならふとも、迂曲 ウゴク してわきまふべからざるなり。 諸侯と帝者と、その儀ことなるべし。 その礼も軽重 キョウジュウ あれども、わきまえしらず。 自己の貴賤をしらざれば、自己を保任 ホニン せず。 自己を保任せざれば、自己の貴賤もともあきらむべきなり。 〔『正法眼蔵』私訳〕 身分が高く賢い人は、やはり法のために身を惜しんではならない。 (おもくかしこからん、なほ法のためにおしむべからず。) まして卑しい身では尚更である。 (いはんや卑賤の身命をや。) たとえ卑しい身であっても、道のあるところ法のあるところに、 身を惜しまず捨てるならば、天上界の人よりも貴く、転輪聖王よりも貴く、 総じて天地の神々よりも、三界の衆生よりも貴いのである。 (たとえ卑賤なりというとも、為道為法のところに、おしまず、すつることあらば、上天よりも貴なるべし、輪王よりも貴なるべし、おほよそ、天神地祇、三界衆生よりも貴なるべし。) それなのに、初祖は南インド国、香至王の第三皇子である。 (しかあるに、初祖は南天竺国、香至王の第三皇子なり。) まぎれもなくインド国の帝王の血筋であり、皇子である。 (すでに天竺国の帝胤なり、皇子なり。) 高貴な人を敬うべきであるが、インドから遠く隔たった東方の国 (中国) では、お仕えすべき礼法も知られていないのである。 (高貴のうやまふべき、東地辺国には、かしづきたてまつるべき儀もいまだしらざるなり。) もてなす香もなく、花もなく、敷物も粗末で、殿堂もみすぼらしい。 (香なし、花...
〔『正法眼蔵』原文〕 漢高祖および魏太祖、これら天象 テンショウ の偈をあきらめ、 地形 チギョウ の言 ゴン をつたへし帝者 テイジャ なり。 かくのごときの経典あきらむるとき、 いさゝか三才あきらめきたるなり。 いまだかくのごとくの聖君の化 ケ にあはざる百姓 ヒャクセイ のともがらは、 いかなるを事君 ジクン とならひ、いかなるを事親 ジシン とならふとしらざれば、 君子としてもあはれむべきものなり。 親族としてもあはれむべきなり。 臣となれるも子となれるも、尺璧 セキヘキ もいたづらにすぎぬ、 寸陰もいたづらにすぎぬるなり。 かくのごとくなる家門にむまれて、 国土のおもき職なほさずくる人なし、かろき官位なほをしむ。 にごれるときなほしかあり、すめらんときは見聞もまれならん。 かくのごときの辺地、かくのごときの卑賤の身命 シンミョウ をもちながら、 あくまで、如来の正法をきかんみちに、いかでかこの卑賤の身命を をしむこゝろあらん。 をしんでのちになにもののためにかすてんとする。 〔『正法眼蔵』私訳〕 漢の高祖 (劉邦) や魏の太祖 (曹操) などは、天文の説く詩偈を明らかにし、 土地の様子の説く言葉を伝えた帝王である。 (漢高祖および魏太祖、これら天象の偈をあきらめ、地形の言をつたへし帝者なり。) このような経典を明らめるとき、 いささか天・地・人のはたらきを明らめることができたのである。 (かくのごときの経典あきらむるとき、いささか三才あきらめきたるなり。) まだこのような優れた君主の徳化に会わない多くの民は、 どうすることが君主に仕えることで、どうすることが親に仕えることかを 知らないので、君主としても哀れであり、親族としても哀れである。 (いまだ、かくのごとくの聖君の化にあわざる百姓のともがらは、いかなるを事君とならひ、 いかなるを事親とならふとしらざれば、君子としてもあはれむべきものなり。 親族としてもあはれむべきなり。) これでは臣下となっても子となっても、貴重な一尺の金剛石も無用なものとし、大切なほんのわずかな時間も無駄に過ごしてしまうのである。 (臣となれるも子となれるも、尺璧もいたずらにすぎぬ、寸陰もいたずらにすぎぬるなり。) このような家柄に生まれ育った人に、国の重職を授ける人はいないし、 軽い官位でさえ惜しむであろう。...