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さらに茅葺きの家を移して奥深い所に入る『第十六行持』16-12-3b

  〔『聞書』私訳〕                                               /「大梅山の絶頂にのぼりて、人倫に不群なり、草庵に独居す。 松実を食し、荷葉を」着る。「坐禅辨道」「三十余年」、「年暦」を知らず。 「坐禅」のときには、「八寸の鉄塔一基を頂上におく」、「塔を落地せしめざらんと功夫すれば、ねぶらざるなり」。 人の「請」に随わず、ついにさらに「山奥」に入る、云々。                    「師いはく、「這老漢、ひとを惑乱すること、了期あるべからず」」という「惑乱」とは、凡夫外道の「惑乱」ではない。 「即心是仏」を「非心非仏」と「惑乱」するのである。    〔『抄』私訳〕                                                「大梅法常禅師」の段、文の通りである。              合掌 ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。                                     ↓               ↓       にほんブログ村
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さらに茅葺きの家を移して奥深い所に入る『第十六行持』16-12-3a

〔『正法眼蔵』原本〕  これよりのちに、なほ山奥へいらんとせしちなみに、 有頌 ウジュ するにいはく、   一池荷葉衣無尽、  《一池 イッチ の荷葉 カヨウ 衣 キ るに尽くること無し、   数樹松花食有余。 《 数樹の松花食 ジキ するに余 アマリ 有り。》   剛被世人知住処、 《 剛 イマ 世人に住処を知らる、》   更移茅舎入深居。 《 更に茅舎 ボウシャ を移して深居に入る。》                 つひに庵を山奥にうつす。                               あるとき、馬祖ことさら僧をつかはしてとはしむ、 「和尚そのかみ馬祖を参見せしに、得何道理 トクガ ドウリ 、便住此山 ビンジュウ シザン 《何 イカ なる道理を得てか、便 スナワ ち此の山に住する》 なる」。  師いはく、「馬祖、われにむかひていふ、 「即心是仏 ソクシン ゼブツ 。すなはちこの山に住す」。    僧いはく、「近日は仏法また別なり」。  師いはく、「作麽生 ソモサン 別なる」。  僧いはく、「馬祖いはく、非心非仏とあり」。  師いはく、 「這老漢 シャロウカン 、ひとを惑乱すること、了期 リョウゴ あるべからず。 任他非心非仏、我祗管即心是仏 《さもあらばあれ非心非仏、我れは祗管に即心是仏なり》 」。    〔『正法眼蔵』私訳〕 その後、さらに山奥へ入ろうとした際に、詩偈を作って言った、 (これよりのちに、なほ山奥へいらんとせしちなみに、有頌するにいはく、) この池の蓮の葉は着るのに尽きることがなく、 数本ある松の実は食べきれないほどある。   (一池の荷葉衣るに尽くること無し。数樹の松華食するに余り有り。) 今しがた世間の人に住みかを知られたから、 さらに茅葺きの家を移して奥深い所に入る。  (剛世人に住処を知られて、更に茅舎を移して深居に入る。)                             遂に庵を山奥に移した。 (つひに庵を山奥にうつす。) あるとき、馬祖はわざわざ僧を遣わして尋ねさせた、 「和尚はその昔馬祖に参じたときに、どのような道理を会得して、 この山に住むようになったのですか」。 (あるとき、馬祖ことさら僧をつかはしてとはしむ、 和尚そのかみ馬祖を参見せしに、得何道理、便住此山なる。」) 師は言った、...

大梅「流れに随って行きなさい」『第十六行持』16-12-2

〔『正法眼蔵』原文〕  かくのごとくして年月を経歴 キョウリャク するに、 塩官 エンカン の会より 一僧きたりて 、 やまにいりて拄杖 シュジョウ をもとむるちなみに、 迷山路 メイサンロ してはからざるに、師の庵所 アンショ にいたる。 不期 フゴ のなかに師をみる、すなはちとふ、 「和尚、この山に住してよりこのかた、多少時也 タショウジヤ 」。  師いはく、「只見四山青又黄 シケン シザン セイユウコウ        《只四山の青又黃なるを見るのみ》 」。  この僧またとふ、「出山路 シュッサンロ 、向什麽処去 コウ シモショコ           《出山の路、什麽 イズレ の処に向ひて去 ユ かん》 」。  師いはく、「随流去 ズイリュウコ 《流れに随ひて去くべし》 」。                  この僧あやしむこゝろあり。 かへりて塩官に挙似 コジ するに、塩官いはく、 「そのかみ江西 コウゼイ にありしとき、一僧を曾見 ゾウケン す、 それよりのち消息をしらず。 莫是此僧否 マクゼシソウヒ 《是れ此の僧に莫 アラ ずや否や》 」。 つひに僧に命じて師を請 ショウ するに出山 シュッサン せず。 偈 ゲ をつくりて答 トウ するにいはく、   摧残枯木倚寒林、 《摧残 サイザン の枯木寒林に倚 ヨ る、》   幾度逢春不変心。《 幾度 イクタビ か春に逢うて心を変ぜず。》   樵客遇之猶不顧、《 樵客 ショウカク 之 コレ に遇うて猶 ナオ 顧 カヘリ みず、》   郢人那得苦追尋。《 郢人 エイジン 那 ナン ぞ苦 ネンゴロ に追尋 ツイジン することを得ん。》                        つひ におもむかず。 〔『正法眼蔵』私訳〕 このようにして年月が経過していたところ、塩官 (斉安国師) の会下から一人の僧が来て、山に入って行脚の杖にする木を探していた際に、 山道に迷って、たまたま師の庵のある所に出た。 思いがけず師に出会い、尋ねた、 「和尚さまはこの山に住まれてから、どれくらいの時になりますか」。 (かくのごとくして年月を経歴するに、塩官の会より一僧きたりて、 やまにいりて拄杖をもとむるちなみに、迷山路して、はからざるに師の庵所にいたる。 不期のなかに師をみる。すなはちとふ、「和尚この山に住...