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この銀子はいただけません、僧家はこのようなものを必要としませんから『第十六行持下』16下-18-6

〔『正法眼蔵』原文〕  趙提挙 チョウテイキョ は嘉定聖主 カテイセイシュ の胤孫 インソン なり。 知明州軍 チミンシュウグン 、州事管内勧農使 シュウジカンナイカンノウシ なり。 先師を請 ショウ して州府につき陞座 シンザ せしむるに、 銀子一万鋋 ギンスイチマンテイ を布施す。 先師陞座了 シンザリョウ に、提挙にむかふて謝していはく、 「某甲依例出山陞座、開演正法眼蔵涅槃妙心、謹以薦福先公冥府、 但是銀子不敢拝領、僧家不要這般物子、千万賜恩、依旧拝還 イキュウハイカン 」。 〈某甲 ソレガシ 例に依つて出山陞座 シュッサンシンゾ し、正法眼蔵涅槃妙心を開演して、 謹 ツツシミ て以て福を先公の冥府 メイフ に薦福 セン す、但 タダ 是の銀子は敢 アエ て拝領せず、 僧家 ソウケ は這般 シャハン の物子 モッス を要せず、千万賜恩 センマンシオン 、旧 フルキ に依つて拝還す〉 」。 提挙いはく、「和尚、下官忝以皇帝陛下親族、到処且貴、宝貝見多、 今以先父冥福之日、欲資冥府、和尚如何不納、今日多幸、大慈大悲、卒留小襯」。 〈和尚、下官 ゲカン 忝 カタジケナ く皇帝陛下の親族なるを以て、到る処貴 トオトシ し、宝貝 ホウバイ 見ること多し、今先父の冥福の日を以て、冥府を資せんと欲す。和尚如何 イカン が不納なる、今日多幸、大慈大悲 ダイズダイヒ 、卒 スミヤカ に少襯 ショウシン を留 トドメ よ。〉 先師曰、「提挙台命且厳、不敢遜謝、只有道理、 某甲 ボウコウ 陞座説法、 提挙聡聴得否 ソウチョウトクヒ 」。 〈先師曰く、提挙台命 タイメイ 且厳 ゲン なり、敢 アエテ て遜謝 ソンシャ せず、只 スナワチ 道理有り、 某甲 ソレガシ 陞座 シンザ 説法、提挙聡 ソウ なり聴得するや否や。〉 提挙曰 、 「下官只聴歓喜」〈 提挙曰く、下官 ゲカン 只 スナワチ 聴 チョウ を歓喜 カンギ す。〉 〔『正法眼蔵』私訳〕   趙提挙は、嘉定皇帝 (寧宗) の子孫である。明州軍 (県) の知事で、 明州の農事を司る長官を兼務していた。 (趙提挙は、嘉定聖主の胤孫なり。知明州軍、州事管内勧農使なり、) 先師を招き州庁で説法を頼んだので、銀一万本を布施した。 (先師を請して州府につきて陞座せしむるに、銀子一万鋋を布施す。...
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常に袖の中に坐蒲を携え、あるいは岩の下でも坐禅した『第十六行持下』16下-18-5

 『 〔『正法眼蔵』原文〕  先師よのつねに普説 フセツ す、われ十九載よりこのかた、 あまねく諸方の叢林をふるに、為人師 イニンノシ なし。 十九載よりこのかた、一日一夜も不礙蒲団 フゲフトン の日夜あらず。 某甲 ソレガシ 未住院よりこのかた、郷人 キョウニン とものがたりせず。 光陰をしきによりてなり。 掛錫 カシャク の所在にあり、庵裏 アンリ 寮舍 リョウシャ 、すべていりてみることなし、 いはんや游山翫水 ユサンガンスイ に功夫をつひやさんや。 雲堂公界 ウンドウクガイ の坐禅のほか、あるいは閣上、あるいは屏処 ヘイショ をもとめて、 独子 ドクス ゆきて穩便 オンビン のところに坐禅す、 つねに袖裏 シュウリ に蒲団 フトン をたづさへて、あるいは岩下にも坐禅す、 つねにおもひき金剛座を坐破せんとこれもとむる所期 ショゴ なり。 臀肉 トンニク の爛壞 ランエ するときどきもありき、このときいよいよ坐禅をこのむ。 某甲今年六十五載、老骨頭懶 ズライ 、不会 フエ 坐禅なれども、十方兄弟 ジッポウヒンデイ をあはれむによりて、住持山門、暁諭方来 ギョウユホウライ 、為衆伝道 イシュデンドウ なり。 諸方長老、那裏有什麼 ナリウシモ 仏法なるゆゑに。 かくのごとく上堂し、 かくのごとく普説するなり。  又諸方の雲水の人事 ニンジ の産をうけず。 〔『正法眼蔵』私訳〕 先師は説法の時いつも言った、 (先師よのつねに普説す、) 「わたしは十九歳のときから今までに、遍く諸方の叢林 (坐禅修行道場) を巡って師を求めてきたが、人の為に法を説けるような師家がいなかった。 (われ十九載よりこのかた、あまねく諸方の叢林をふるに、為人師なし。) 十九歳のとき以来、一日一夜たりとも坐蒲を尻にあてて坐禅しない日夜はなかった。 (十九載よりこのかた、一日一夜も不礙蒲団の日夜あらず。) わたしは住職になる前 (修行中) からずっと、同郷の者と話しをしたことがない。修行の時間が惜しいからである。 (某甲未住院よりこのかた、郷人とものがたりせず。光陰をしきによりてなり。) 安居した僧堂にだけいて、他の草庵や寮舎には一切入って見たことがない。 (掛錫の所在にあり、庵裏寮舍すべていりてみることなし。) まして山水の景色を訪ねて歩くなどして修行の時間...

坐禅は身心脱落である『第十六行持下』16下-18-4

〔『正法眼蔵』原文〕  又いはく、参禅者身心脱落也。 不用焼香礼拝 ライハイ 、念仏修懺 シュサン 看経 カンキン 、祇管打坐始得 シカンタザシトク 〈 参禅は身心脱落なり。焼香・礼拝・念仏・修懺・看経を用ゐず、祇管打坐して始て得ん〉 」。  まことにいま大宋国の諸方に、参禅に名字 ミョウジ をかけ、 祖宗 ソシュウ の遠孫 オン孫 と称する皮袋 ヒタイ 、たゞ一二百 イチニヒャク のみにあらず。 稻麻竹葦 トウマチクイ なりとも。打坐を打坐に勧誘するともがら、 たえて風聞 フウモン せざるなり、ただ四海五湖のあひだ、先師天童のみなり。 諸方もおなじく天童をほむ、天童諸方をほめず。  又すべて天童をしらざる大刹 ダイセツ の主 シュ もあり、 これは中華にうまれたりといへども、禽獣 キンジュウ の流類 ルルイ ならん、 参ずべきを参ぜず、いたづらに光陰を蹉過 シャカ するがゆゑに、 あはれむべし天童をしらざるやからは、 胡説乱道 コセツランドウ をかまびすしくするを、仏祖の家風と錯認 シャクニン せり。 〔『正法眼蔵』私訳〕    また言う、「坐禅は身心脱落である。焼香・礼拝、念仏・懺悔 サンゲ ・読経を 用いず、 ひたすら坐禅して始めて身心脱落が得られるのである」。 (又いはく、「参禅は身心脱落なり。焼香礼拝、念仏修懺看経を用いず、祇管打坐して始て得ん」。) 〔「用いず (不用) 」という言葉は要らないという意味ではない。坐禅が焼香し、 坐禅があらゆる経を説きぬいているということである。だから底意は、 坐禅が焼香し、礼拝し、念仏し、懺悔し、読経している のであり、 ひたすら坐禅して始めて身心脱落が得られるということである。〕  まことに、今大宋国の諸方に、坐禅を標榜 ヒョウボウ し、達磨大師の遠い法孫と称する者たちが、ただ百人二百人だけではない。 (まことに、いま大宋国の諸方に、参禅に名字をかけ、祖宗の遠孫と称ずる皮袋、 ただ一、二百のみにあらず。) 実におびただしい数であるが、坐禅を〔悟りの道具にせず〕ただ坐禅に導く人は、 いっこうに聞いたことがない。 (稻麻竹葦なりとも。打坐を打坐に勧誘するともがら、たえて風聞せざるなり。) 中国全天下において、ただ先師天童だけである。 (ただ四海五湖のあひだ、先師天童のみなり。) 諸方の住職も同じく天童を褒める...