〔『正法眼蔵』原文〕 慈父大師釈迦牟尼仏 シャカムニブツ 、十九歳の仏寿より、深山 シンザン に行持して、 三十歳の仏寿にいたりて、大地有情同時成道の行持あり。 八旬 ハチジュン の仏寿にいたるまで、なほ山林に行持し、精藍 ショウラン に行持す。 王宮 オウグウ にかへらず、国利を領せず。 布僧伽梨 フソウギャリ を衣持 エジ し、在世に一経 イッキョウ するに互換 ゴカン せず、 一盂 イチウ 在世に互換せず。 一時一日も独処することなし。 人天の閑供養 カンクヨウ を辞せ ず、外道の訕謗 センボウ を忍辱 ニンニク す。 おほよそ一化 イッケ は行持なり。浄衣乞食 ジョウエ コツジキ の仏儀、 しかしながら行持にあらずといふことなし。 〔『正法眼蔵』私訳〕 慈父であり偉大な師である釈迦牟尼仏は、十九歳の出家の時から、 深山で行持し、三十歳の仏寿に至って、大地有情同時成道 (大地と有情と同時に成道す) の行持があった。 (慈父大師釈迦牟尼仏、十九歳の仏寿より、深山に行持して、三十歳の仏寿にいたりて、大地有情同時成道の行持あり。) そして八十歳に至るまで、なお山林で行持され、精舎で行持された。 (八旬の仏寿にいたるまで、なほ山林に行持し、精藍に行持す。) (いつも大衆と一緒におられた。) 王宮に帰らず、国王となって国を治めることもなかった。 (王宮にかへらず、国利を領せず。) 木綿のお袈裟をかけ、一生の間それを換えることなく、一つの応量器を一生の間換えることがなく、 一時一日たりとも、一人で過ごすことはなかった。 (布僧伽梨を衣持、在世に一経するに互換せず、一盂在世に互換せず、一時一日も独処することなし。) 人間界や天上界の 福報のためにする 供養を辞退せず、 外道の誹謗を耐え忍ばれた。 すべて御一代の教化は、行持の日々であった。 (おほよそ一化は行持なり。) お袈裟を身に着け食を乞う仏の行いは、 すべて全く行持でないものはなかったのである。 (人天の閑供養を辞せず、外道の訕謗を忍辱す。)浄衣乞食の仏儀、 しかしながら行持にあらずといふこ...
〔『聞書』私訳〕 /「慈父大師釈迦牟尼仏」の段。 /「大地有情同時成道の行持あり」とは、「行持」は「成道」以前の時刻と思われ、「十九歳」以後、「三十歳」で「成道」する以前の行持を、「成道の行持」と言うことは、教行証を三つに立てない由来である。 /「一時一日も独処することなし」とは、仏道では、「独処」して林間の寂静なところに居るべきと言うのと、今の義は大変矛盾していると思われる。 ただ、仏の本意は一切衆生を教化し済度しようと思われ、 一切衆生を教化してみな仏道に入らしめんということであるから、「成道」したなら一時たりとも「独処」するはずがないのである。 仏が「独処」する時があれば、衆生のための頼りとはならないのである。「独処」は縁覚 (独覚) 乗の用いる義である。 /「閑供養を辞せず」と言う、 供養を辞退せず好むのは、近頃の僧に似ているが 、無益な供養を辞退しないのは貪らないという意味である。 〔『抄』私訳〕 「慈父大師釈迦牟尼仏」の段。 文の通りである。仏は「一時一日も独処することなし。 人天の閑供養を辞せず、外道の訕謗を忍辱す」。これは衆生教化を第一とするからである。 合掌 ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。 ↓ ↓ にほんブログ村