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雪峰が雪峰をのぞき見る時節である『第十五光明』15-4-1a

〔『正法眼蔵』原文〕  雪峰山真覚大師、示衆云 ジシュニイワク 、僧堂前、与諸人相見了也 《僧堂前に、諸人と相見 ショウケン し了 オワ れり》。 これすなはち雪峰の通身是眼睛時 ツウシンゼガンゼイジ なり、 雪峰の雪峰を覰見 ショケン する時節なり。 僧堂の僧堂と相見するなり。 〔『正法眼蔵』私訳〕 雪峰真覚大師が、大衆に示して言った、 「僧堂前で、諸兄とあい見え終えた」。 (雪峰山真覚大師、示衆云、僧堂前、与諸人相見了也 《僧堂前に、諸人と相見し了れり》。) これはすなわち雪峰の全身が眼である時であり、 雪峰が雪峰をのぞき見る時節である。 (これすなはち雪峰の通身是眼睛時なり、雪峰の雪峰を覰見する時節なり。) 僧堂が僧堂とあい見えたのである。 (僧堂の僧堂と相見するなり。) 雪峰が雪峰をのぞき見る時節である『第十五光明』15-4-1b                    合掌 ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。                                     ↓               ↓       にほんブログ村

雪峰が雪峰をのぞき見る時節である『第十五光明』15-4-1b

  〔『聞書』私訳〕 /「雪峰真覚大師」の段。 「僧堂前、与諸人相見了也」とある。 以前、すでに「光明」を「僧堂・仏殿」と言い、「人々尽有光明」と言った。今の「諸人相見」の「諸人」は以前の「人々」であるから、「相見」と「通身是眼睛」は同じである。ただ、「雪峰」と「雪峰」の「相見」である。 〔『抄』私訳〕 「雪峰山真覚大師、示衆云、僧堂前、与諸人相見了也《僧堂前に、諸人と相見し了れり》。 これすなはち雪峰の通身是眼睛時なり、雪峰の雪峰を覰見する時節なり。僧堂の僧堂と相見するなり」とある。 これは「僧堂前」で「雪峰」と「諸人」が「相見」すると思われるが、 それでは「人々」も「僧堂前」も各別になる。 結局、「雪峰の通身是眼睛なり」ということである。 この「相見」の道理は、「雪峰が雪峰を覰見」し、「僧堂が僧堂と相見する」 道理に落着するのである。 このように言えば、能所彼此の相対を超越するのである。                    合掌 ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。                                     ↓               ↓       にほんブログ村

雲門が代わって自ら答えた、「僧堂・仏殿・庫裏・三門」『第十五光明』15-3-3a

  〔『正法眼蔵』原文〕  雲門自代云、「僧堂・仏殿・廚庫・三門」。  いま道取する自代は、雲門に自代するなり、 大衆に自代するなり、光明に自代するなり。 僧堂・仏殿・廚庫・三門に自代するなり。 しかあれども、雲門なにをよんでか 僧堂・仏殿・廚庫・三門とする。 大衆および人々をよんで僧堂・仏殿・廚庫・三門とすべからず。 いくばくの僧堂・仏殿・廚庫・三門かある。 雲門なりとやせん、七仏なりとやせん。 四七なりとやせん、二三なりとやせん。 拳頭なりとやせん、鼻孔なりとやせん。 いはくの僧堂・仏殿・廚庫・三門、 たとひいづれの仏祖なりとも、人々をまぬかれざるものなり。 このゆゑに人々にあらず。 しかありしよりこのかた、 有仏殿の無仏なるあり、無仏殿の無仏なるあり。 有光仏あり、無光仏あり。 無仏光あり、有仏光あり。 〔『正法眼蔵』私訳〕   雲門が代わって自ら答えた、「僧堂・仏殿・庫裏・三門」。   (雲門自代云、僧堂仏殿廚庫三門。) 今言う自ら代ってとは、 光明の雲門が光明の雲門に代って言うのであり、 光明の大衆が光明の大衆に代わって言うのであり、 光明が光明に代って言うのであり、 光明の僧堂・仏殿・庫裏・三門が 光明の僧堂・仏殿・庫裏・三門に代って言うのである。 (いま道取する自代は、雲門に自代するなり、大衆に自代するなり、 光明に自代するなり。僧堂仏殿廚庫三門に自代するなり。) そうではあるが、雲門は何を呼んで 僧堂・仏殿・庫裏・三門と言うのか。 (しかあれども、雲門なにをよんでか僧堂仏殿廚庫三門とする。) 大衆および人々を呼んで 僧堂・仏殿・庫裏・三門と言うことはできない。 (大衆および人々をよんで僧堂仏殿廚庫三門とすべからず。) 〔どちらも光明であるが、それぞれ独立しているからである。〕 どれほどの僧堂・仏殿・庫裏・三門があるか。 (いくばくの僧堂仏殿廚庫三門かある。) 〔底意は、僧堂・仏殿・庫裏・三門が その時その時に独立していくらでもある。〕 光明は雲門であるのか、過去七仏であるのか、 西天二十八祖であるのか、震旦六祖であるのか、 拳頭 コブシ であるのか、鼻孔であるのか。 (雲門なりとやせん、七仏なりとやせん、四七なりとやせん、 二三なりとやせん、拳頭なりとやせん、鼻孔なりとやせん。) 〔「とやせん」「とやせん」とあるのは、これらはみな門処の道得...

雲門が代わって自ら答えた、「僧堂・仏殿・庫裏・三門」『第十五光明』15-3-3b

  〔『聞書』私訳〕 /「有仏殿の無仏」、「無仏殿の無仏」と言うのは、これに二つの義がある。 一つは、「有仏殿」で「仏」を待つべきでないから、「無仏」と言う。これは、「有仏」は必ずしも「殿」を待つべきでないから、「無仏殿」と言い、「仏」と「殿」は差別がないということである。 二つは、「有」の「仏殿」があり、「無」の「仏殿」があり、仏有と仏無は同じであるということである。たとえば、「有仏性」「無仏性」の「有」「無」のようなことである。「光明」などの「有」「無」もこのようなことである。つまり、この「有仏殿の無仏」、「無仏殿の無仏」などと言うのは、「光明尽有人々在」の意に符号するのである。 〔『抄』私訳〕 「雲門自代云、僧堂・仏殿・廚庫・三門。いま道取する自代は、雲門に自代するなり、大衆に自代するなり、光明に自代するなり。僧堂・仏殿・廚庫・三門に自代するなり」とある。 これは、「大衆」に代わって「雲門」が言ったと思われるところを、今の道理は、「雲門に自代するなり「光明に自代するなり。僧堂・仏殿・廚庫・三門に自代するなり」とある。 その理由は、今呼び出される「雲門」と「光明」と「僧堂・仏殿・廚庫・三門」は、ただ同じものであるからである。だから、これは彼に「自代」し、彼はこれに「自代」するというのは、ただ同じ道理がこのように言われるのである。仏性が、蚯蚓 キュウイン とも狗子 クシ とも、あるいは有とも無とも言われたようなことである。 「しかあれども、雲門なにをよんでか僧堂・仏殿・廚庫・三門とする。大衆および人々をよんで僧堂・仏殿・廚庫・三門とすべからず。いくばくの僧堂・仏殿・廚庫・三門かある。雲門なりとやせん、七仏なりとやせん。四七なりとやせん、二三なりとやせん。拳頭なりとやせん、鼻孔なりとやせん」とある。 「雲門に自代するなり」、「光明」あるいは「僧堂・仏殿・廚庫・三門」「拳頭」「鼻孔」に自代するなり」とあるが、またしばらくここでは、「雲門なにをよんでか僧堂・仏殿・廚庫・三門とする」といって、「僧堂・仏殿・廚庫・三門とすべからず。いくばくの僧堂・仏殿・廚庫・三門かある」といって、「雲門なりとやせん、〔七仏なりとやせん。四七なりとやせん、二三なりとやせん。〕拳頭〔なりとやせん〕、鼻孔〔なりとやせん〕」とある。 「僧堂・仏殿・廚庫・三門」の言葉でない所を「いくばくの僧...

人々すべてにある光明とは、現前している人々のことである『第十五光明』15-3-2a

  〔『正法眼蔵』原文〕  しかあればしるべし、人々尽有の光明は、現成の人々なり。 光々、尽有の人々なり。 しばらく雲門にとふ、 なんぢなにをよんでか人々とする、なにをよんでか光明とする。  雲門みづからいはく、作麼生是光明在。  この問著は、疑殺話頭の光明なり。 しかあれども、恁麼道著すれば、人々、光々なり。  ときに衆無対。  たとひ百千の道得ありとも、無対を拈じて道著するなり。 これ仏祖正伝の正法眼蔵涅槃妙心なり。 〔『正法眼蔵』私訳〕 このようであるから知らなければいけない、 人々すべてにある光明とは、現前している人々のことである。 (しかあればしるべし、人々尽有の光明は、現成の人々なり。) 光々とは、すべての人々のことである。 (光々、尽有の人々なり。) しばらく雲門に問う、 「汝は何を呼んで人々と言うのか、何を呼んで光明と言うのか」。 (しばらく雲門にとふ、 なんぢなにをよんでか人々とする、なにをよんでか光明とする。) 雲門が自ら言う、「光明があるとはどういうことか」。 (雲門みづからいはく、作麼生是光明在。) この問いは、 疑っているようであるが光明を言い抜いているのである。 (この問著は、疑殺話頭の光明なり。) そうであるので、「光明があるとはどういうことか」と言えば、 どのような人々も光明なのである。 (しかあれども、恁麼道著すれば、人々、光々なり。) その時、大衆は対 コタ えなかった。 (ときに衆無対。) たとえ百千の言うことがあっても、対えないことで、 人々に尽く光明がある道理を十二分に言いぬしているのである。 (たとひ百千の道得ありとも、無対を拈じて道著するなり。) これこそが、仏祖が正伝してきた正法眼蔵涅槃妙心である。 (これ仏祖正伝の正法眼蔵涅槃妙心なり。) 人々すべてにある光明とは、現前している人々のことである『第十五光明』15-3-2b                    合掌 ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。                                     ↓               ↓       にほんブログ村