〔『抄』原文〕
〔正法眼蔵引用:〕「為甚麼ナニトシテカ恁麼イムモ道イフ。いはゆる仁者心動の道をきゝて、則仁者心動といはむとしては、仁者心動と道取するは、六祖をみず、六祖をしらず、六祖の法孫にあらざるなり。」
是は、六祖の仁者心動の道を聞て、打任せたる心と此心を心得て、此心が動ずると思て、仁者心動と道取するは、六祖をみず、六祖をしらず、六祖の法孫に非らず、と被嫌なり。
実六祖、争凡夫所具之妄心を仁者心動の心とは可被仰、勿論事なり。
〔正法眼蔵引用:〕「六祖の身体髪膚をえて道取するには、恁麼云べきなり。所謂仁者心動はさもあらばあれ、さらに仁者動といふべし。為甚麼恁麼道。いはゆる動者動なるかゆゑに、仁者仁者なるによりてなり。既是恁麼人なるがゆゑに恁麼道なり。」
六祖の御心地の仁者心動とはとて今義を被述ノベラル。
是は、方丈御詞なり。
所詮、仁者動と云べしとは、仁者心動と云へば、猶心は所具の法と心えぬべき分もありぬべきを、仁者動と云へば、仁者を動と談ずれば、心より縁起すると云僻ヘキ見は止なり。
此動又彼か是を動ずると云義にあらざれば、動者動と云道理なり。
此の理なるゆゑに、仁者仁者なるべし。
風も幡も仁者心動も只一法の上の道理なるべし。
「恁麼事を得んと欲オモはば、須く是れ恁麼人なるべし。既に是れ恁麼人なり、何ぞ恁麼事を愁へんや」と云ふ。
既に是れ恁麼人なる人なるゆゑに、右に所挙の道理が、如此云はるゝなり。
〔『抄』訳文〕
〔正法眼蔵引用:〕「為甚麼ナニトシテカ恁麼イムモ道イフ。いはゆる仁者心動の道をきゝて、則仁者心動といはむとしては、仁者心動と道取するは、六祖をみず、六祖をしらず、六祖の法孫にあらざるなり。」とある。
これは、六祖の「仁者心動の道をきゝて」、普通の心とこの心を解し、この心が動くと思って、「仁者心動と道取するは、六祖をみず、六祖をしらず、六祖の法孫にあらざるなり」と嫌われるのである。
本当に「六祖」が凡夫が具えている妄心を「仁者心動」の心と言わないのは言うまでもないことである。
〔正法眼蔵引用:〕「六祖の身体髪膚をえて道取するには、恁麼云べきなり。所謂仁者心動はさもあらばあれ、さらに仁者動といふべし。為甚麼恁麼道。いはゆる動者動なるかゆゑに、仁者仁者なるによりてなり。既是恁麼人なるがゆゑに恁麼道なり。」
「六祖」のお考えの「仁者心動」とは何かと言って、ここの意義を述べられる。
これは道元禅師のお言葉である。
結局、「仁者動といふべし」とは「仁者心動」と言えば、なお心は具わっているものと解することもあるかもしれないが、「仁者動」と言えば、「仁者」を「動」と説くので、心から縁起するという僻見ヘキケンは止むのである。
この「動」もまたあれがこれを動かすという意味ではないから、「動者動」という道理である。
この理であるから、「仁者仁者」である。「風」も「幡」も「仁者心動」もただ一つの法(現象)の上の道理なのである。
「恁麼事を得んと欲オモはば、須く是れ恁麼人なるべし。既に是れ恁麼人なり、何ぞ恁麼事を愁へんや(そのような事を得ようと思えば、当然そのような人である。既にみなそのような人である、どうしてそのような事を愁えることがあろうか)」と言う。
「既に是れ恁麼人なる」人であるから、前にあげた道理をこのように言うのである。
〔『聞書』原文〕
/「第三十三祖大鑑禅師」。
/「一僧云、幡の動るなり。一僧云、風の動るなり」。「六祖云、風動にあらず、幡動にあらず、仁者心動なり」。
凡は、聊も仏法の心あらむ物の此論話ワあるべき様なし。風吹けば幡動する事わり、縁生の法ぞ。或又、衆縁和合ぞなむと云て事ふりたり。今は、風も幡も心も三無差別の事をあかさむと也。
/「仁者心動」と云は、仁と心とをゝきていゑば、仁は能、心は所となるぬべし。心と動とも、又能所と聞ゆ。しかにはあらず、「仁者動」と云、鳴が鳴なりと云同事なり。
/「仁者心動はさもあらばあれ、さらに仁者動といふべし」と云は、すでに六祖の仁者心動の道に依て、印度《これ中天竺なり》の二僧は信受すと云へども、あきらむる所の詞不聞。
而今先師永平寺和尚道に、心の字を不加仁者動とあり、あきらかなる所なり。
教の参学にも、動執生疑、領リョウ解、述ジュツ成と云ふ。
二僧の信受は動執生疑ときこゆ、領解、述成いまだしきを、永平寺和尚の仁者動の道、すでに述成なりと云べし。
/問、「仁者心動の心の字を略して仁者動とある事、如何」。
答、「仁者心動と云までは、身と心と各別に心得る迷人もありぬべき所を、身心一如と体脱せむために、仁者動と云なり。仁与心同なるゆゑに」。
〔『聞書』訳文〕
/「第三十三祖大鑑禅師」の段。
/「一僧いはく、「幡の動ずるなり」。一僧いはく、「風の動ずるなり」。
「六祖いはく、「風動にあらず、幡動にあらず、仁者心動なり」。
普通は、少しでも仏法の心がある者であれば、このような論争をするはずがない。
「風」が吹けば「幡」が動くのは道理であり、縁起の法であるといい、あるいはまた、様々な縁が和合してなどと言いふるされてきたことである。
今は、「風」も「幡」も「心」もいすれも差別がないことを明らかにしようとしているのである。
/「仁者心動」とは、仁と心とを置いて言うと、仁は働きかけるもの、心はその対象となる。
心と動も、また働きかけるものとその対象と思われるが、そうではない。
「仁者動」というのは、「鳴る」が「鳴る」というのと同じことなのである。
/「仁者心動はさもあらばあれ、さらに仁者動といふべし」と言うのは、すでに六祖の「仁者心動」の言葉によって、インド《傍注:これは中インドである》の二人の僧は「信受す」と言うが、〔彼らが〕理解した言葉は聞こえない。
そして今、先師永平寺和尚(道元禅師)の言葉で、「心」の字を加えず「仁者動」とあって、明らかになるのである。
教(天台教学)の学びでも、動執生疑ドウシュウショウギ(浅い教えに執着している心を動揺さ せて、疑いの心を生じさせるこ と)、領解リョウゲ(仏の教えを聞いて悟ること)・述成ジュツセイ(仏が弟子の理解をそのまま承認すること)と言う。
二僧の「信受」は動執生疑と思われ、領解・述成がまだであるが、永平寺和尚の「仁者動」の言葉はすでに述成であると言えるのである。
/問う、「『仁者心動』の『心』の字を略して『仁者動』とあるのは、どういうことか」。
答える、「『仁者心動』と言うと、身と心は別々であると解し迷う人もいるかもしれないので、身心は一如であると納得させるために『仁者動』と言うのである。
『仁』と『心』は同じであるからである」。
合掌
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