いかなるかこれ莫帰郷マクキキョウ。
莫帰郷とはいかにあるべきぞ、東西南北の帰去来キキョライ、
ただこれ自己の倒起なり、まことに帰郷道不行ドウフギョウなり。
道不行なる、帰郷なりとや行持する、帰郷にあらざるとや行持する、
帰郷なにによりてか道不行なる、不行にさへらるとやせん、自己にさへらるとやせん。
並舎老婆子ヘイシャロウボスは説汝旧時名セツニョキュウジメイなりとはいはざるなり、
並舎老婆子、説汝旧時名なりといふ道得なり。
南嶽いかにしてかこの道得ある、江西いかにしてかこの法語をうる。
その道理は、われ向南行コウナンコウするときは大地おなじく向南行するなり、
余方もまたしかあるべし。
須弥シュミ大海ダイカイを量として、しかあらずと疑殆ギタイし、
日月星辰ジツゲツセイシンに格量コウリョウして、猶滞ユウタイするは小見ショウケンなり。
〔『正法眼蔵』私訳〕
この郷に帰ること莫れとはどういうことか。
(いかなるかこれ莫帰郷。)
郷に帰ること莫れとはどうあるべきか。
(莫帰郷とはいかにあるべきぞ。)
それは東西南北どちらに帰っても、
ただ自己つまり無上道の活動があるだけということである。
(東西南北の帰去来、ただこれ自己の倒起なり。)
まことに無上道に帰えれば無上道のほかに余物がないということである。
(まことに帰郷道不行なり。)
〔郷に帰ること莫ナカれの底意は郷に帰ること莫ナしである。尽十方界が郷里すなわち無上道であるとき、帰るべき郷里つまり無上道はないからである。尽十方界が無上道であるときに、行うもの・行われるものはなく、ただ一つ無上道のみがありそのほかに余物がないからである。そのことを不行、行われずと言ったのである。〕
道不行(無上道のほかに余物がないこと)は、帰郷(無上道に帰ること)であると行持すると心得る。
(道不行なる、帰郷なりとや行持する、)
道不行(無上道のほかに余物がないこと)であれば、〔道不行と帰郷は非常に親密であるから〕帰郷ではないと行持すると心得るのである。
(帰郷にあらざるとや行持する、)
帰郷はどういうわけで道不行なのか。
(帰郷なにによりてか道不行なる、)
〔道不行と帰郷は評価に親密であるから〕道不行に覆いかぶされてしまうと帰郷が隠れてしまい、帰郷に覆いかぶされてしまうと道不行が隠れてしまうのである。(不行にさへらるとやせん、自己にさへらるとやせん、)
〔一方を証するときは一方はくらしであり、道不行(無上道のほかに余物がないこと)と帰郷(無上道に帰ること)は同じことなのである。〕
尽十方界(並舎)のあらゆるもの(老婆子)は現れているもの(汝)の名を用いて旧時の名、つまり無上道とは言わないという道理もある。
(並舎老婆子は、説汝旧時名なりとはいはざるなり、)
また、尽十方界(並舎)のあらゆるもの(老婆子)は現れているものの旧時の名(無上道)を説くという道理もあるのである。
(並舎老婆子、説汝旧時名なりといふ道得り。)
〔だから、「みねのいろたにのひびきもみなながらわが釈迦牟尼のこゑとすがたと」(傘松道詠)のように、山も無上道だ、谿も無上道だ、すべてのものが無上道だという道理もあるのである。〕
南嶽はどうしてこれを説いたのか、江西はどうしてこの法語を得たのか。
(南嶽いかにしてかこの道得ある、江西いかにしてかこの法語をうる。)
〔問処の道得であり、南嶽の身残らずが無上道であるから、説くまいと思っても説かずにはおられない、馬祖の身残らずが無上道であるから、この法語を得たのである。〕
その道理は、〔尽十方世界是真実人体である〕われ(馬祖或いは南嶽)が南へ向かって行くときは、尽大地も同じく南へ向かって行くということである。
(その道理は、われ向南行するときは大地おなじく向南行するなり、)
東・西・南もまた同様である。(余方もまたしかあるべし。)
須弥山は南にあり大海は北にあるという通説を定規とし、南嶽が南に向って行っても山や海が南に向って行くわけがないといって疑い、また日は東から出るというように一定の位置があるのに、南嶽が南に向って行くいからといって日や月がその位置を変えて南に向って行くわけがないと疑うのは仏道を学んだことのない狭い考えというものである。
(須弥大海を量としてしかあらずと疑殆し、日月星辰に格量して猶滞するは小見なり。)
合掌
ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。

コメント
コメントを投稿