〔抄私訳〕
「長慶の慧稜和尚」の段、文の通り。 雪峰の門下である。
参学二十九年の間に「蒲団二十枚を坐破す」というのはこの和尚のことである。「坐禅」人がもっとも「慕古」すべき「勝躅」である。
「涼簾を巻起せしちなみに、忽然として大悟す。三十来年かつて郷土にかへらず、親族にむかはず、上下肩と談笑せず、専一に功夫す」。
〔聞書私訳〕
/「長慶慧稜和尚」。
/「疑滞を疑滞とせること三十年、さしおかず」というのは、
「疑滞」のあいだが「三十年」である。うちおかざる行持である。
合掌
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