〔抄私訳〕
「福州玄砂宗一大師」の段、文の通りである。
「 法名は師備」。
雪峰と玄砂の問答で、委しくはこの草子に見える。
「師答、『終に敢て人を誑かさず』」とある。
これは、ただいたづらに、たぶらかすべきをたぶらかさないというのではない。 悪口なかれなどと『仏性』の巻にあったほどの道理である。
人を置いて、これをたぶらかさないというのではない。
又、「雪峰召んで曰く、「備頭陀何ぞ徧参去せざる」。
師曰く、「 達磨不来東土、 二祖不往西天」とある。
達磨は、実際シナに来られたので、今の答えは当たっていないと思われる。
二祖がインドに往かなかったことは、実に根拠があると思われるけれども、
祖師の皮肉骨髄はみなこの道理なのである。初めて聞くといって驚くべきではない。
合掌
ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。
↓ ↓

コメント
コメントを投稿