〔『正法眼蔵』原文〕
南嶽ナンガク大慧禅師ダイエ ゼンジ懐譲和尚エジョウ オショウ、そのかみ曹谿ソウケイに参じて、執侍シュウジすること十五秋ジュウゴシュウなり。
しかうして伝道授業デンドウ ジュゴウすること、一器水瀉一器イッキスイ シャイッキ《一器の水を一器に瀉ウツす》なることをえたり。
古先コセンの行履アンリ、もとも慕古モコすべし。
十五秋の風霜フウソウ、われをわづらはすおほかるべし。
しかあれども、純一に究辨キュウベンす、これ晩進の亀鏡キキョウなり。
寒爐カンロに炭なく、ひとり虚堂キョドウにふせり、涼夜に燭ショクなく、ひとり明窓に坐する、たとひ一知半解イッチハンゲなくとも、無為ムイの絶学なり。
これ行持なるべし。
おほよそ、ひそかに貪名愛利トンミョウ アイリをなげすてきたりぬれば、 日日に行持の積功シャックのみなり。このむね、わするることなかれ。
説似一物即不中セツジイチモツソクフチュウは、八箇年の行持なり。
古今のまれなりとするところ、賢不肖ケンフショウともにこひねがふ行持なり。
〔『正法眼蔵』私訳〕 南嶽の大慧禅師、懐譲和尚は、その昔曹谿山の六祖大鑑慧能禅師に参じて、そばに仕えて修行すること十五年間であった。
(南嶽大慧禅師懐譲和尚、そのかみ曹谿に参じて、執侍すること十五秋なり。)
そうして仏祖の大道を伝えられ出家としての業を授かることは、「一器の水を一器に移す」ようにできたのである。
(しかうして伝道授業すること、一器水瀉一器なることをえたり。)
この懐譲和尚の行持は、もっとも慕うべきである。
(古先の行履、もとも慕古すべし。)
十五年の厳しい月日は、自分を煩わすことが多かったであろう。
(十五秋の風霜、われをわづらはすおほかるべし。)
そうではあるが、純一に坐禅弁道したことは、仏道修行を志す後輩たちの手本である。
(しかあれども、純一に究辨す、これ晩進の亀鏡なり。)
冬の炉に炭火もなく、独りがらんとした僧堂で寝る。
(寒爐に炭なく、ひとり虚堂にふせり。)
夏の夜に燈火もなく、独り衆寮で坐禅する。
(涼夜に燭なく、ひとり明窓に坐する。)
たとえ知識や理解が少しもなくても、これが作為無く学問に要がなくなった修行の在り様である。
(たとひ一知半解なくとも、無為の絶学なり。)
これが仏祖の行持である。
(これ行持なるべし。)
およそ、名利を貪り愛することを投げ捨ててきたならば、日々に行持の功徳を積むだけである。
(おほよそ、ひそかに貪名愛利をなげすてきたりぬれば、日日に行持の積功のみなり。)
このことを忘れてはいけない。
(このむね、わするることなかれ。)
「一物を説似すれども即ち中らず」(あるものを言葉で説明した途端に的外れになる)とは、八年間の行持により得られたものである。
(説似一物即不中は、八箇年の行持なり。)
古今に希なことであり、賢者も愚者もともに切望する仏祖の行持である。
(古今のまれなりとするところ、賢不肖ともにこひねがふ行持なり。)
南嶽大慧禅師「一物を説似すれども即ち中らず」『第十六行持』16-18b
合掌
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