〔『聞書』私訳〕
/南嶽大慧禅師。
/「曹谿に参じて、執侍すること十五秋」、「伝道授業する」、「寒爐に炭なく」、「涼夜に燭」なし。この「十五」年とは、「説似一物即不中」と悟る前の八年、悟った後の八年である。
そうであるから、二つの八で十六となるが、悟っていなかった終わりの年と悟った始めの年を一年ととるので、「十五秋」と言われるのである。
〔『抄』私訳〕 南嶽大慧禅師の段、文の通りである。
合掌
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