〔『正法眼蔵』原文〕
いま仏祖の大道を行持せんには、大隠小隠ダイインショウインを論ずることなく、
聡明鈍癡ソウメイドンチをいふことなかれ。
ただながく名利ミョウリをなげすてて、
万縁バンエンに繋縛ケバクせらるゝことなかれ。
光陰をすごさず、頭燃ズネンをはらふべし。
大悟ダイゴをまつことなかれ、大悟は家常の茶飯サハンなり。
不悟フゴをねがふことなかれ、不悟は髻中ケイチュウの宝珠ホウジュなり。
たゞまさに、家郷カキョウあらんは家郷をはなれ、恩愛オンナイあらんは恩愛をはなれ、名あらんは名をのがれ、利あらんは利をのがれ、田園あらんは田園をのがれ、親族あらんは親族をはなるべし。
名利ミョウリ等なからんも又はなるべし。
すでにあるをはなる、なきをもはなるべき道理あきらかなり。
それすなはち一条の行持なり。
生前ショウゼンに名利をなげすてて一事を行持せん、
仏寿長遠ブツジュ チョウオンの行持なり。
いまこの行持、さだめて行持に行持せらるゝなり。
この行持あらん身心シンジン、
みづからも愛すべし、みづからもうやまふべし。
〔『正法眼蔵』私訳〕
今、仏祖の大道を行持するには、街中で行持するのは大隠であるとか、山中に引っ込んで行持するのは小隠であるとかを論じてはならない、また聡明とか愚鈍とかを問題にしてはならない。
(いま仏祖の大道を行持せんには、大隠小隠を論ずることなく、
聡明鈍癡をいふことなかれ。)
ただ永く名聞や利養を投げ捨てて、
諸縁万事に繋ながれ縛られることがあってはならない。
(ただながく名利をなげすてて、万縁に繋縛せらるることなかれ。)
時間を無駄に過ごさず、
頭髪についた火を払い消すように急いで修行すべきである。
(光陰をすごさず、頭燃をはらふべし。)
大悟ダイゴを待ち望んではいけない、
大悟は日常の当たり前のことである。
(大悟をまつことなかれ、大悟は家常の茶飯なり。)
不悟(大悟にも用はないこと)を願ってはいけない、
不悟は髻モトドリの中にある宝珠である。
(不悟をねがふことなかれ、不悟は髻中の宝珠なり。)
ただまさに故郷のある者は故郷を離れ、恩愛のある者は恩愛を離れ、名聞のある者は名聞を逃れ、利養のある者は利養を逃れ、
田園のある者は田園を逃れ、親族のある者は親族を離れるべきである。
(ただまさに、家郷あらんは家郷をはなれ、恩愛あらんは恩愛をはなれ、名あらんは名をのがれ、利あらんは利をのがれ、田園あらんは田園をのがれ、親族あらんは親族をはなるべし。)
故郷・恩愛・名聞・利養・田園・親族等がない者も、
またそれらのないことからも離れるべきである。
(名利等なからんも、又はなるべし。)
すでにあるものを離れるのであるから、
ないものをも離れるべき道理は明らかである。
(すでにあるをはなる、なきをもはなるべき道理、あきらかなり。)
それがすなわち純一無雑の仏祖の行持である。
(それすなはち一条の行持なり。)
生きている間に名聞・利養を投げ捨てて、
仏祖の行持を行持するのが仏の寿命を長久にする行持である。
(生前に名利をなげすてて、一事を行持せん、仏寿長遠の行持なり。)
今この仏祖の行持は、
必ず仏祖の行持によって行持させられるのである。
(いまこの行持、さだめて行持に行持せらるるなり。)
この行持がある身心を、自らも愛し自らも敬うべきである。
(この行持あらん身心、みづからも愛すべし、みづからもうやまふべし。)
合掌
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