〔『正法眼蔵』原文〕
のちに仰山キョウザンきたり侍奉ジブす、
仰山、もとは百丈先師のところにして、
問十答百モンジュウトウヒャクの鶖子シュウシなりといへども、
潙山に参侍して、さらに看牛三年の功夫となる。
近来は断絶し、見聞ケンモンすることなき行持なり、
三年の看牛、よく道得を人にもとめざらしむ。
〔『正法眼蔵』私訳〕
後に潙山禅師のもとに仰山慧寂が来て仕えた。
仰山は、以前は亡き師百丈禅師の所で、
十問われれば百答える舎利弗シャリホツのような知恵者であったが、
潙山禅師に仕え、さらに看牛すなわち正法眼蔵涅槃妙心を看る、
つまり坐禅弁道に精進すること三年であった。
(のちに仰山きたり侍奉す、仰山、もとは百丈先師のところにして、
問十答百の鶖子なりといへども、潙山に参侍して、さらに看牛三年の功夫となる。)
近頃では絶えて見聞することがない行持であり、
三年のあいだ脇目も振らず坐禅弁道に精進した。
その坐禅弁道の精進がそのまま仏道を語りぬいているから、
人に坐禅のありがたいことを言わせる必要はないのである。
(近来は断絶し、見聞することなき行持なり、三年の看牛、よく道得を人にもとめざらしむ。)
合掌
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