〔『正法眼蔵』原文〕
香厳禅師いはく、
百計千方只為身、 《百計ヒャクケイ千方センボウ只身の為なり、
不知身是塚中塵。 知らず、身は是れ塚の中の塵なること。
莫言白髪無言語、 言ふこと莫れ白髪に言語ゴンゴ無しと、
此是黄泉伝語人。 此れは是れ黄泉伝語コウセンデンゴの人なり。》
しかあればすなはち、をしむにたとひ百計千方をもてすといふとも、
つひにはこれ塚中一堆チョウチュウイッタイの塵チリと化ケするものなり。
いはんやいたづらに小国の王民につかはれて、東西に馳走チソウするあひだ、
千辛万苦センシンバンクいくばくの身心をかくるしむる。
義によりては身命をかろくす、殉死ジュンシの礼わすれざるがごとし。
恩につかはるゝ前途、たゞ暗頭アントウの雲霧なり。
小臣につかはれ、民間に身命をすつるもの、むかしよりおほし。
をしむべき人身なり、道器となりぬべきゆゑに。
いま正法にあふ、百千恒沙ゴウシャの身命をすてても正法を参学すべし。
いたづらなる小人ショウニンと、広大深遠ジンノンの仏法と、
いづれのためにか身命をすつべき。
賢不肖ともに進退にわづらふべからざるものなり。
〔『正法眼蔵』私訳〕
香厳智閑禅師は言った、
(香厳禅師いはく、)
ありとあらゆる手立てを巡らすことはただ我が身のためであるが、
(百計千方只身の為なり、)
この身が墓の中のチリとなることを知らない。
(知らず、身は是れ塚の中の塵なること。)
白髪の人には言葉などないと、言ってはならない、
(言ふこと莫れ白髪に言語ゴンゴ無しと、)
彼は冥土の言づてを持ってくる人である。
(此れは是れ黄泉伝語の人なり。)
そうであるから、我が身を惜しんでたとえありとあらゆる手立てを尽くしたとしても、結局は墓の中の一塊の土となってしまうものである。
(しかあればすなはち、をしむに、たとえ百計千方をもてすといふとも、
つひにはこれ塚中一堆の塵と化するものなり。)
まして徒に小国の王の民に使われ、あちこち駆けずり回って、
艱難辛苦に耐えどれほど身心を苦しめるというのか。
(いはんやいたづらに小国の王民につかはれて、東西に馳走するあひだ、
千辛万苦いくばくの身心をかくるしむる。)
義によって自分の身命を軽くし、殉死の礼を遂げるものまである。
(義によりては身命をかろくす、殉死の礼わすれざるがごとし。)
恩に使われる者の前途は、正に暗い雲霧のように一寸先も分からない。
(恩につかはるゝ前途、たゞ暗頭の雲霧なり。)
このように小臣に使われ、世俗に身命を捨てる者は、昔から多い。
(小臣につかはれ、民間に身命をすつるもの、むかしよりおほし。)
惜しむべき人の身体である、仏道の器となれたはずなのに。
(をしむべき人身なり、道器となりぬべきゆゑに。)
今、正法に出会ったのだから、無数の身命を捨てても正法を学ぶべきである。
(いま正法にあふ。百千恒沙の身命をすてても正法を参学すべし。)
つまらない小人と、広大で深遠な仏法と比べ、どちらのために身命を捨てるべきか。賢い人も愚かな人もみな身の振り方に苦労することはない。
(いたづらなる小人と、広大深遠の仏法と、いずれのためにか身命をすつべき。
賢不肖ともに進退にわづらふべからざるものなり。)
合掌
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