スキップしてメイン コンテンツに移動

理解できなかったために、達磨大師を禅定の修練をする者とした『第十六行持下』16下-4-1a

〔『正法眼蔵』原文〕                             

石門林間録云、菩提達磨、初自梁之魏。経行於嵩山之下、倚杖於少林。

面壁燕坐而已、非習禅也。久之人莫測其故。因以達磨為習禅。

夫禅那、諸行之一耳。何足以尽聖人。而当時之人、以之、為史者、

又従而伝於習禅之列、使与枯木死灰之徒為伍。雖然、聖人非止於禅那。

而亦不違禅那。如易出于陰陽、而亦不違乎陰陽。


《 石門の林間録に云く、「菩提達磨、初め梁より魏に之ユく。


嵩山の下フモトに経行キンヒンし、少林に倚杖イジョウす。


面壁燕坐エンザするのみなり、習禅には非ず。


久しくなりて人 其の故ユエを測シること莫ナし。


因ヨッて達磨を以て習禅とす。


夫れ禅那は、諸行の一つのみなり、何ぞ以て聖人を尽すに足らん。


而も当時の人、之を以てし、為史の者、又従って習禅の列に伝ツラね、

枯木死灰の徒トモガラと伍トモならしむ。


然りと雖も、聖人は禅那に止まるのみに非ず、而も亦 禅那に違せず。


易の陰陽より出でて、而も亦 陰陽に違せざるが如し》            

 梁武初見達磨之時、即問、「如何是聖諦第一義」。       

《梁武初めて達磨を見し時、即ち問う、「如何ならんか是れ聖諦第一義」》               


答曰コタエテイワク、「廓然無聖カクネンムショウ」。


進曰ススンデイワク、「対朕者誰《朕に対する者は誰タそ》」。   


又曰、「不識フシキ」。                      


使達磨不通方言、則何於是時、使能爾耶。            

《もし達磨方言ホウゴンに不通ならんには、則ち何ぞ是の時に於て、

能くしかあらしむるにいたらんや》    



〔『正法眼蔵』私訳〕                            

石門洪覚範コウカクハンの『林間録』に言う、

「菩提達磨は、初め梁の国から魏の国に赴いた。


そして嵩山のふもとに行き少林寺に逗留した。


壁に向かって坐禅しただけで、禅定の修練ではなかった。


長い間、人はその真意を理解できなかったために、

達磨大師を禅定の修練をする者とした。


そもそも禅定とは、多くの修行の中の一つに過ぎない。


どうして禅定だけで、聖人を極めることができようか。


しかも当時の人はこのように考え、歴史家(南山の道宣律師)も

同じように大師を禅定を修練する者の部類に篇入し、

枯れ木や冷えた灰のような者(小乗の者)と同列に扱ったのである。


しかしながら、この聖人は、禅定だけではなく、

しかも禅定に背くことはない。


それは易が陰陽の二気から出て、しかも陰陽に背かないようなものである」。


(石門の林間録に云く、「菩提達磨、初め梁より魏に之く。嵩山の下に経行し、少林に倚杖す。面壁燕坐する已なり、習禅には非ず。久しくして人 其の故を測ること莫し。因て達磨を以て習禅と為す。夫れ禅那は、諸行の一なるのみ、何ぞ以て聖人を尽すに足らん。而も当時の人、之を以てす。為史の者、又従って習禅の列に伝ね、枯木死灰の徒と伍ならしむ。然りと雖も、聖人は禅那に止まるのみに非ず、而も亦 禅那に違せず。易の陰陽より出でて、而も亦 陰陽に違せざるが如し」。) 


梁の武帝は、初めて達磨に会った時に、

「聖なる第一の真理とは何か」と尋ねた。

(梁武初めて達磨を見し時、即ち問う、「如何ならんか是れ聖諦第一義」。)                      


大師は、「からりと開けており、凡聖の区別はなく

一切は正法眼蔵涅槃妙心である(一切衆生悉有仏性)」と言った。

(師曰く、「廓然無聖」。)      


武帝は、「朕に対する者は誰か」と言った。

(帝曰く、「朕に対する者は誰そ」。)          


大師は、「知らぬ」と言った。(又曰く、「不識」。)


もし達磨大師が中国語に通じていなければ、

この時にどうして、このような対応が出来たであろうか。

(もし達磨をして方言に不通ならんには、則ち何ぞ是の時に於て、

能くしかあらしむるにいたらんや。)



              合掌


ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。                           


     ↓               ↓

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ   にほんブログ村PVアクセスランキング にほんブログ村 

コメント

このブログの人気の投稿

春の松の有があり、秋の菊の無がある『第十七恁麼』17-4-5a(正法眼蔵)

  第四段⑤ 〔『正法眼蔵』原文〕  「無智疑怪 ムチギケ 、即為永失 ソクイヨウシツ 《智無きは疑怪す、即ち為めに永く失ふ》」といふ道あり。 智かならずしも有にあらず、智かならずしも無にあらざれども、 一時の春松 シュンショウ なる有あり、秋菊 シュウキク なる無あり。 この「無智」のとき、三菩提みな疑怪 ギケ となる、尽諸法みな疑怪なり。 このとき永失即為なり。 所聞すべき道、所証なるべき法、しかしながら疑怪なり。 〔『正法眼蔵』私訳〕                                「智無き者は疑い怪しむ為に永遠に真理を失う」という言葉がある。 智は必ずしも有でもなく、必ずしも無でもないが、 ある時は春の松の有があり、秋の菊の無があるのである。 この「無智」の時、無上菩提 (この上ない悟り) は、 すべて「疑い怪しむもの」となり、すべてのものが「疑い怪しむもの」となる。 この時こそが「永失即為 (永遠に真理を失うということが無上菩提の為すところである) 」 なのである。 聞くべき道も、証すべき法も、すべてが「疑い怪しむもの」となるのである。 世界の隅々に至るまで隠れる場所はなく真理はあらわれているから、 疑い怪しむことそのものは自分がやっていることではないのである 。 春の松の有があり、秋の菊の無がある『第十七恁麼』17-4-5b(聞書抄)                             合掌 ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。                                    ↓               ↓       にほんブログ村  

六祖の昔は新州の木こりであった『第十七恁麼』17-4-3b(聞書抄)

  〔聞書原文〕 /古教ありとしらんと云ふ。 是は、古教照心と云ふるき詞あり、近代の禅僧は祖師の言句を 推度 スイタク(オシハカル) する事あるべからず、はじめてわれとこそ法をば得れと云ふ。 尤古教照心の義にはそむくべし。 仏の言句、祖師の語話 ゴワ をこそ、よくよく校合 コウゴウ 了見すべけれ。 不然者、経論すべて無詮なり。 〔聞書私訳〕 /「古教ありとしらん」と言う。 これは、「古教照心 (古の教えが心を照らす) 」という古い言があるにもかかわらず、 近年の禅僧は祖師の言葉を深く考えることなく、 「自分が初めて法を得たのだ」と主張する傾向にある。 これはもっとも「古教照心」の教えに反するものである。 仏の言葉や祖師の語録を、 入念に校合 キョウゴウ (基準とする本文に照らして 本文の異同を確かめること) し、 深く考察すべきである。 そうしなければ、経論 (経典と注釈書) もすべて意味をなさなくなってしまうのである。                             合掌 ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。                                    ↓               ↓       にほんブログ村

有智と無智は同じ真実の異なる面として現れるのである『第十七恁麼』17-4-6a(正法眼蔵)

  恁麼⑥ 〔『正法眼蔵』原文〕 われにあらず、遍界かくるゝところなし。 たれにあらず、万里 バンリ 一条鉄なり。 たとひ恁麼して抽枝 チュウシ なりとも、 「十方仏土中、唯有一乗法」なり。 たとひ恁麼して葉落すとも、 「是法住法位 ゼホウジュウホウイ 、世間相常住 セケンソウジョウジュウ 」なり。 「既是恁麼事 キゼインモジ 」なるによりて、 有智と無智と、日面 ニチメン と月面 ガチメン となり。 〔『正法眼蔵』私訳〕 自分以外の誰でもないからこそ、 万里の彼方まで一本の鉄のように真理は貫かれているのである。 たとえこのように真理が新しい枝を出すとしても、 それは「十方の仏の国土の中には、ただ一つの真実の教えしかない」ということである。 たとえこのように真理が葉を落とすとしても、 それは「この法は法位に住し、世間の相常住なり (この仏の教えは、真如という普遍不変の法の位に安住しており、一見無常に見えるこの世の現象も、実はそのままの姿で真理に照らされており、永遠である) 」ということである。 既にかくの如きありようであるから、 「有智」と「無智」は、日面の仏と月面の仏のように、 ただ同じ真理の異なる面として現れるのである。                             合掌 有智と無智は同じ真実の異なる面として現れるのである『第十七恁麼』17-4-6b(聞書抄) ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。                                    ↓               ↓       にほんブログ村