〔『正法眼蔵』原文〕
臨済院慧照大師リンザイイン エショウ ダイシは、黄檗オウバクの嫡嗣テキシなり。
黄檗の会エにありて三年なり。純一に辨道するに、睦州陳尊宿ボクシュウチン ソンシュクの教訓によりて、仏法の大意ダイイを黄檗にとふこと三番するに、かさねて六十棒を喫キッす。なほ励志レイシたゆむことなし。
大愚ダイグにいたりて大悟することも、すなはち黄檗、睦州両尊宿の教訓なり。祖席の英雄は臨済・徳山といふ。
しかあれども、徳山いかにしてか臨済におよばん。
まことに臨済のごときは、群に群せざるなり。
そのときの群は、近代の抜群バックンよりも抜群なり。
行業ギョウゴウ純一にして行持抜群せりといふ。
幾枚幾般の行持なりとおもひ擬せんとするに、あたるべからざるものなり。
〔『抄』私訳〕
臨済院慧照大師の段、文の通りである。
「陳尊宿の教訓によりて、仏法の大意を黄檗にとふ」ときに、「三番する」と、一番につき二十回ずつ合計「六十棒」を与えたけれども、「励志たゆむことなし」。
「大愚にいたりて大悟することも、すなはち黄檗、睦州両尊宿の教訓なり」。「黄檗」と「臨済」の問答の文で詳細に書かれている。
〔『正法眼蔵』私訳〕
臨済院の慧照大師(臨済義玄)は、黄檗(希運禅師)の法を嗣いだ人である。
黄檗の門下にあって三年であった。純一に坐禅修行に精進していたとき、
兄弟子の睦州陳尊宿の教導によって、仏法の大意を黄檗に三度尋ねると、
その度に二十棒、あわせて六十棒をくらった。
(臨済院慧照大師は、黄檗の嫡嗣なり。黄檗の会にありて三年なり。
純一に辨道するに、睦州陳尊宿の教訓によりて、
仏法の大意を黄檗にとふこと三番するに、かさねて六十棒を喫す。)
それでもなお求道の志は弛ユルむことがなかった。
のちに大愚和尚(高安大愚)の所に至って大悟したことも、
黄檗と睦州の両高僧の教導によるものである。
(なほ励志たゆむことなし。大愚にいたりて大悟することも、
すなはち黄檗・睦州両尊宿の教訓なり。)
仏祖の道場で傑出した人は臨済義玄と徳山宣鑑であると言う。
しかしながら、徳山はどうして臨済に及ぼうか。
(祖席の英雄は臨済徳山といふ。
しかあれども、徳山いかにしてか臨済におよばん。)
まことに臨済のような人は、修行者の中でずば抜けているのである。
もっとも当時の修行者は、近頃のずば抜けている修行者よりずば抜けているのである。
(まことに臨済のごときは、群に群せざるなり。
そのときの群は、近代の抜群よりも抜群なり。)
臨済の修行は純一でその行持はずば抜けていたと言う。
どれほどの行持であろうかと思い、量ろうとしても、
思い当たることのないほどのものである。
(行業純一にして行持抜群せりといふ。
幾枚幾般の行持なりとおもひ擬せんとするに、あたるべからざるものなり。)
合掌
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