〔『聞書』私訳〕
/三平山義忠禪師。
/「天厨送食す。大顚を見てのちに、天神また師を」見ない。
これは仏法が伝わった証しである。
その理由は、今の人でも、外道の法を行じて、 魔道によって不思儀な事を現すと信仰するであろう。
正しく仏道を行じて人情に従わなければ、人はこれを貴ばないであろう。
雲居山弘覚大師が、三峰庵に住したときの行は、天はこれを貴んだけれども、伝法した後はその境界を離れたのである。
〔『抄』私訳〕 鏡清和尚の段、文の通りである。 「土地神」が「師顔をみることえず」、「たよりをえざるによりてなり」。
雲居山の弘覚大師と同じ。
「三平山義忠禪師」の段、文の通りである。
これもまた、「天廚送食す」。 これもまた、法を得た後、「師をもとむるに、みることあたはず」。 大顚は石頭の弟子である。今の義忠は大顚の弟子である。
合掌
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