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達磨大師は釈迦牟尼仏から二十八代目の正統な後継者である『第十六行持下』16下-3-2

 〔『正法眼蔵』原文〕

 初祖は釈迦牟尼仏より二十八世の嫡嗣チャクシなり。


父王の大国をはなれて、東地の衆生を救済クサイする、たれのかたをひとしくするかあらん。


もし、祖師西来せずは、東地の衆生、いかにしてか仏正法を見聞せん。


いたづらに名相ミョウソウの沙石シャセキにわづらふのみならん。


いまわれらがごときの辺地遠方ヘンヂオンポウの披毛戴角ヒモウタイカクまでも、

あくまで正法をきくことえたり。


いまは田夫農夫、野老村童までも見聞する、

しかしながら祖師航海の行持にすくはるゝなり。


西天と中華と、土風はるかに勝劣せり、方俗ホウゾクはるかに邪正ジャショウあり。


大忍力ダイニンリキの大慈にあらずよりは、伝持法蔵の大聖ダイショウ、むかふべき処在にあらず。


住すべき道場なし、知人チニンの人ヒトまれなり。

しばらく嵩山スウザンに掛錫カシャクすること九年なり。


人これを壁観婆羅門ヘキカンバラモンといふ。


史者シシャこれを習禅の列に編集すれども、しかにはあらず。


仏々嫡々テキテキ相伝する正法眼蔵、ひとり祖師のみなり。



〔『正法眼蔵』私訳〕 

中国の初祖達磨大師は釈迦牟尼仏から二十八代目の正統な後継者である、

(初祖は釈迦牟尼仏より二十八世の嫡嗣なり、)


父王の大国を離れて、中国の衆生を救済した初祖に、

誰が肩を並べることができようか。

(父王の大国をはなれて、東地の衆生を救済する、たれのかたをひとしくするかあらん。)


もし初祖がインドから来なければ、

中国の衆生はどのようにして仏の正法を見聞できたであろうか。

(もし祖師西来せずば、東地の衆生、いかにしてか仏正法を見聞せむ。)


むなしく無数の経文の教えに煩わされているだけであったろう。

(いたづらに名相の沙石にわづらふのみならん。)


今、我々のような辺地遠方に住む、毛に覆われ角を載せたような未開の者まで、

存分に正法を聞くことが出来るのである。

(いまわれらがごときの辺地遠方の披毛戴角までも、あくまで正法をきくことえたり。)


今では農夫や村の老人から子供に至るまで正法を見聞しているが、

これは一重に祖師が航海して法を伝えた行持に救われているのである。

(いまは田夫農夫、野老村童までも見聞する、しかしながら祖師航海の行持にすくはるるなり。)


インドと中国では、風土ははるかに異なり、

地方ごとの風俗もはるかに違いがある。

(西天と中華と、土風はるかに勝劣せり、方俗はるかに邪正あり。)


万事を忍び得る大きな力の大慈悲がなければ、

正法眼蔵を伝持する大聖者が向かうような場所ではないのである。

(大忍力の大慈にあらずよりは、伝持法蔵の大聖むかふべき処在にあらず。)


初祖は住むべき寺も無く、人の器量を理解できる人も滅多にいないので、

しばらく嵩山に逗留して九年を過ごした。

(住すべき道場なし、知人の人まれなり。しばらく嵩山に掛錫すること九年なり。)


人は大師のことを「壁観婆羅門(壁に向かって坐禅するバラモン僧)」と呼んだ。

(人これを壁観婆羅門といふ。)


歴史家は、大師を禅定を修練する者として習禅篇に入れたが、

そうではない。

(史者これを習禅の列に編集すれども、しかにはあらず。)


仏から仏へと相伝した正法眼蔵(仏法の真髄)を伝えたのは、

ただ祖師だけなのである。

(仏々嫡々相伝する正法眼蔵、ひとり祖師のみなり。)



             合掌


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