〔『正法眼蔵』原文〕
唐憲宗皇帝者トイフハ、穆宗ボクソウ、宣宗、両皇帝の帝父なり。
敬宗ケイソウ、文宗、武宗、三皇帝の祖父なり。
仏舍利を拝請ハイショウして、入内ニュウダイ供養のちなみに、
夜放光明あり。
皇帝大悦し、早朝の群臣、みな賀表をたてまつるにいはく、
「陛下の聖徳聖感なり」。
ときに一臣あり、韓愈文公カンユブンコウなり。
字アザナは退之タイシといふ。
かつて仏祖の席末セキバツに参学しきたれり。
文公ひとり賀表せず。
憲宗皇帝宣問す、
「群臣みな賀表をたてまつる、卿ケイなんぞ賀表せざる」。
文公奏対ソウツイす、「微臣かつて仏書をみるにいはく、
仏光は青黄赤白にあらず。いまのはこれ龍神衛護の光明なり」。
皇帝宣問す、「いかにあらんかこれ仏光なる」。
文公無対ムツイなり。
〔『正法眼蔵』私訳〕
唐の憲宗皇帝は、穆宗・宣宗の両皇帝の父であり、敬宗・文宗・武宗の三皇帝の祖父である。
(唐憲宗皇帝者、穆宗、宣宗、両皇帝の帝父なり。敬宗、文宗、武宗、三皇帝の祖父なり。)
仏舎利をお招きして、内裏ダイリに迎え入れ供養した時、その夜、仏舎利が光明を放った。
(仏舍利を拝請して、入内供養のちなみに、夜放光明あり。)
皇帝は大層喜び、早朝の政マツリゴトに参内した群臣たちは、みな祝意を皇帝に奉上して言った、「陛下の聖徳に仏舎利が感応したためであります」。
(皇帝大悦し、早朝の群臣、みな賀表をたてまつるにいはく、「陛下の聖徳聖感なり」。)
その時一人の臣下がおり、韓愈文公である。字は退之と言う。
(ときに一臣あり、韓愈文公なり。字は退之といふ。)
かつて、祖師の末席で参学したことがある人である。
(かつて仏祖の席末に参学しきたれり。)
文公は、ただ一人祝意を奉上しなかった。
(文公ひとり賀表せず。)
憲宗皇帝は問うた、「群臣たちはみな祝意を奉上したのに、貴公はなぜ奉上しないのか」。
(憲宗皇帝宣問す、群臣みな賀表をたてまつる、卿なんぞ賀表せざる。)
文公はお答えした、「微臣(とるにたりない臣)がかつて仏典を読んだ時、『仏光は青黄赤白ではない』とありました。
今の光明は龍神が加護する光明です」。
(文公奏対す、微臣かつて仏書をみるにいはく、仏光は青黄赤白にあらず。
いまのはこれ龍神衛護の光明なり。)
皇帝は問うた、「仏光とはどのようなものか」。
(皇帝宣問す、いかにあらんかこれ仏光なる。)
文公は答えなかった。
(文公無対なり。)
仏光とはどの仏ようなものか『第十五光明』15-2-1b
合掌
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