〔抄私訳〕
「雪峰さらにとふ、『備頭陀なんぞ徧参ヘンザンせざる』。
師いはく、「達磨不来東土、二祖不往西天《達磨東土に来らず、二祖西天に往かず》といふに、雪峰ことにほめき。
ひごろはつりする人にてあれば、もろもろの経書キョウショ、ゆめにもかつていまだ見ざりけれども、こゝろざしのあさからぬをさきとすれば、かたへにこゆる志気シイキあらはれけり。
雪峰も、衆のなかにすぐれたりとおもひて、門下の角立カクリュウなりとほめき。
ころもはぬのをもちゐ、ひとつをかへざりければ、もゝつゞりにつゞれりけり。
はだへには紙衣シエをもちゐけり、艾草ガイソウをもきけり。
雪峰に参ずるほかは、自余の知識をとぶらはざりけり。
しかあれども、まさに師の法を嗣するちから、辦取ベンシュせりき。」とある。
達磨大師が、衆生を教化し済度するために、中国へ渡られたことは、
年月日までも明らかであるから「不来東土」の言葉はいかにも不審である。
二祖は、実際「不往西天」であるからいかにもその趣旨があると思われる。
ただ、「達磨」と「二祖」の皮肉骨髄(全身)が、
「西天」「東地」、「来」「不来」の言葉に関わるわけではない。
皮肉骨髄の通じるところは、「達磨」の皮肉骨髄でない所がないから、
この道理によって「来」「不来」を心得るべきである。
確かに、「東地」へ渡られた初祖を「不来」と言い、
「西天」へ往かなかった「二祖」を「不往西天」と言うのは、
ただ同じ意である。
これ以下は、文の通りで別に子細はない。
ただ、玄砂の様子を明らかにされるのである。
この玄砂が「雪峰に参ずるほかは、自余の知識をとぶらはざりけり」
ということを、すなわち遍参の至極としたのである。
〔聞書私訳〕
/「なんぞ徧参せざる」とは、「
徧参」すべきなのに「なんぞ徧参せざる」と言うのか、それともまた、
「備頭陀」という言葉に「徧参」の義があるのを「なんぞ」と言うのか。
たとえば、仏に向かい奉り「なんぞ成仏せざる」というほどの義である。「備頭陀なんぞ徧参せざる」とは、
いかなる時も「徧参」であると言うのである。
/「達磨不来東土、二祖不往西天」の言葉は、
仏法では「不来不去」と説く、この義を表すのである。
法身は法界に周遍(すみずみまで行き渡る)せず、
また周遍するという義もあるのである。
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