『正法眼蔵』原文〕 六祖は新州の樵夫 ショウフ なり、有識 ユウシキ と称しがたし。 いとけなくして父を喪 ソウ す、老母に養育せられて長ぜり。 樵夫の業を養母の活計とす。 十字の街頭にして一句の聞経よりのち、 たちまちに老母をすてて大法をたづぬ。 これ奇代 キダイ の大器 ダイキ なり、抜群の辨道なり。 断臂 ダンピ たとひ容易なりともこの割愛は大難 ダイナン なるべし、 この棄恩はかろかるべからず。 黄梅 オウバイ の会 ゑ に投じて、八箇月ねぶらずやすまず、昼夜に米をつく。 夜半に衣鉢 エハツ を正伝 ショウデン す。得法已後 イゴ 、 なほ石臼 イシウス をおひありきて、米をつくこと八年なり。 出世度人 ドニン 説法するにも、この石臼をさしおかず、希世 キセイ の行持なり。 『正法眼蔵』私訳〕 中国禅の六祖大鑑慧能禅師は、新州 (広東省) の木こりで、 学問があるとは言えなかった。 (六祖は新州の樵夫なり、有識と称しがたし。) 幼くして父を失い、老母に養育されて成長した。 (いとけなくして父を喪す、老母に養育せられて長ぜり。) 木こりの業を老母を養うための生業 ナリワイ としていた。 (樵夫の業を養母の活計とす。) あるとき市井の四つ辻で『金剛経』の一句を聞いてから、 急に老母を捨てて、すぐれた仏の教法を求めた。 (十字の街頭にして一句の聞経よりのち、たちまちに老母をすてて大法をたづぬ。) これは世にもまれな優れた器量であり、抜群の仏道修行である。 (これ奇代の大器なり、抜群の辨道なり。) 〔二祖慧可大師が求道のために〕臂を断ったことが、〔容易なことでないことは決まりきっているけれども、〕仮に容易なことであったとしても、 この母の恩愛を断つことは非常に難しいことであり、 この母の大恩を棄てたことは決して軽いことではない。 (断臂たとひ容易なりともこの割愛は大難なるべし、この棄恩はかろかるべからず。) 黄梅山の五祖大満弘忍禅師の会下に加わって、八か月眠らず休まず、 昼夜にわたって米をついた (無上道を修行しぬいた) 。 (黄梅の...