〔『正法眼蔵』原文〕
恁麼インモいはんに、徳山トクサンさだめて擬議ギギすべし。
当恁麼時トウインモジ、もちひ三枚を拈ネンじて徳山に度与トヨすべし。
徳山とらんと擬せんとき、婆子バスいふべし、
「過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得」。
もし又徳山展手テンシュ擬取ギシュウせずは、
一餅イッピンを拈じて徳山をうちていふべし、
「無魂屍子、你莫茫然
《無魂の屍子シシ、你ナンジ茫然ボウゼンなること莫ナカれ》」。
かくのごとくいはんに、徳山いふことあらばよし、
いふことなからんには、婆子さらに徳山のためにいふべし。
ただ払袖フッショウしてさる、そでのなかに蜂ありともおぼえず。
徳山も、「われはいふことあたはず、老婆わがためにいふべし」
ともいはず。
しかあれば、
いふべきをいはざるのみにあらず、とふべきをもとはず。
〔『正法眼蔵』私訳〕
このように言うと、徳山はきっとびっくりするであろう。
(恁麼いはんに、徳山さだめて擬議すべし。)
〔それは、餅と心は一つであるのに、
餅と心の仕切りが取れないからだ。〕
その時には、餅を三つ取って徳山にくれてやるといい。
(当恁麼時、もちひ三枚を拈じて徳山に度与すべし。)
徳山が取ろうとしたら、老婆はこう言うといい、
「これが過去心不可得という餅だ、これが現在心不可得という餅だ、
これが未来心不可得という餅だ」と。
(徳山とらんと擬せんとき、婆子いふべし、
「過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得」。)
もしまた徳山が手をのばして取ろうとしなかったら、
餅を一つ取り徳山を打って、言うといい、
「この腑抜フヌけめ、ぼやぼやするな」。
(もし又徳山展手擬取せずば、一餅を拈じて徳山をうちていふべし、
「無魂屍子、你莫茫然《無魂の屍子、你茫然なること莫れ》」。
こう言った時に、徳山が答えることができればいいが、答えることができなければ、老婆はさらに徳山のために教えてやるといい。(かくのごとくいはんに、徳山いふことあらばよし、いふことなからんには、
婆子さらに徳山のためにいふべし。)
それなのに、ただ袖を払って行ってしまうなどとは、無人情な話しである。これでは袖の中に毒々しい蜂が潜んでおるとも思えない。
(ただ払袖してさる、そでのなかに蜂ありともおぼえず。)
〔袖の中の蜂は『烈女伝』の尹伯奇の因縁である。〕
徳山も徳山だ、「わたしは答えることができない、
老婆よわたしに教えてください」とも言わない。
(徳山も、「われはいふことあたはず、老婆わがためにいふべし」ともいはず。)
そうであるから、二人は言うべきことを言わないだけでなく、
問うべきことも問わなかったのである。
(しかあれば、いふべきをいはざるのみにあらず、とふべきをもとはず。)
合掌
コメント
コメントを投稿