〔抄原文〕
「この道得さらに道未尽あらず、道虧闕キケツあらさるなり。然而恁麼会のみにして、さらに不恁麼会なきは、此詞を参究せさるが如し。」
是は、前に「因地倒もの依地起、さらに離地起と求るに、無其理けむ」と云道理、「道未尽あらず道虧闕あらざるなり」とあげられて、但、此一筋許を非可談。
会の所に不会の道理、即心是仏の上に非心非仏の道理あるが如く、此詞の上に又いふべき道得ありと云心なり。是は左に可被挙なり。
〔抄私訳〕
「この道得さらに道未尽あらず、道虧闕あらざるなり。しかあれども恁麼会のみにして、さらに不恁麼会なきは、このことばを参究せざるがごとし」とある。
これは前に「若し地に因りて倒るゝは、地に因りて起く。さらに地を離れて起きんと求むるは、終に其の理無けん」という道理は、「道未尽あらず、道虧闕あらざるなり」とあげられて、ただ、この道理だけを言うのである。
「会」(解する)のところに「不会」(解しない)の道理、すなわち「即心是仏」の上に「非心非仏」の道理があるように、この言葉の上にまた言うべき言葉があるという意味である。これは次にあげられる。
合掌
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