〔『正法眼蔵』原文〕 いはゆる「海印三昧」の時節は、 すなはち「但以衆法 タンイシュホウ 」の時節なり、「但以衆法」の道得なり。 このときを「合成此身 ゴウジョウシシン 」といふ。 衆法合成せる一合相 イチゴウソウ 、すなはち此身なり。 此身を一合相とせるにあらず、「衆法」「合成」なり。 「合成」「此身」を此身と道得せるなり。 〔『正法眼蔵』私訳〕 ここで言う「海印三昧」 ( 三昧の海にあらゆるものが映る諸仏の境地:坐禅 ) の時とは、とりもなおさず「ただ諸々のもの」の時であり、 「ただ諸々のもの」が海印三昧を言い得ているのである。 (いはゆる「海印三昧」の時節は、すなはち「但以衆法」の時節なり、「但以衆法」の道得なり。) この時を「集ってこの身が成っている」と言うのである。 (このときを「合成此身」といふ。) 諸々のことが集まって一つになっているすがた、 それが尽十方界であるこの身なのである。 (衆法合成せる一合相、すなはち此身なり。) この身を一つになっているすがたとしたのでなく、 「諸々のもの」が「集まって成っている」のである。 (此身を一合相とせるにあらず、「衆法」「合成」なり。) 「集まって成っている」「この身」を尽十方界であるこの身と言い得たのである。 (「合成」「此身」を此身と道得せるなり。) ただ諸々のものが海印三昧を言い得ているのである『第十三海印三昧』13-4b 合掌 ランキングに参加中です。よろしければクリックをお願いします。 ↓ ↓ にほんブログ村